百話の道も一話から

 3人とも、今日はご苦労であったな。神社も寺も小規模なものだが、両方となるとさすがにそこそこ手間がかかるであろう。おかげで、お盆を前にしてずいぶんときれいになった。礼を申す。さっき両親とも、ひどく驚いていてな。もう遅いので今夜は失礼するが、3人にくれぐれもよろしくとのことだ。感謝する。

 ぬ、泊めてもらうのだから当然だ? 木坂きさか、お前もたまには殊勝なことを言うのだな。

 なにしろ、寺と神社の兼業など、そうそうない家系だからな。……いや、先祖代々ではないぞ。両親はここの養子だったゆえな。詳しいことは私にはよくわからぬよ。


 さて、知っておるとは思うが、この私の部屋は、滴中寺てきちゅうじ蕪屋神社かぶらやじんじゃと母家から細い道を1本隔てて、駐車場の片すみにある離れ屋だ。周りは農耕地だし、遅くまで、多少騒いでいても近所迷惑にはならぬ。もちろん家人ももうこの時刻、ここまでは来ぬ。我々だけで気兼ねなく盛り上がれるぞ。だから木坂も黒川くろかわも、閉寮中に泊まりに来るのに遠慮はいらぬというわけだ。

 ……ぬ? なんだ岬井みさきい? 何を今さら説明的なことをしゃべっているのかと? 誰に向かって? さて、私にもよくわからぬのだ。誰かが私に言わせているのだろうな。私もときどき、自分が何をしゃべっているのかわからぬことがある。画面の外に気にする方々がおられるのやもしれぬな。これ以上つっこまない方がよいのではないか。


 ……うむ? ん、まあ、それはよいのだ。しかし、お前たちにしては珍しいな、たまにはまじめに「怪談百物語」をやろうとは。お前たち、「カ」ではなく「ワ」の方で盛り上がり過ぎではないか。……いや、それはまあ、私も聞きはしたぞ? それは認める、認めるが……いや待て! そんなことは……いや、まあ…………よかろうが! 今宵の趣旨は怪談であろう! さっさと始めるぞ! ……よい。私が最初に話そう。わりと最近あった話なのでな……うむ、実話だぞ?


     ○


 わかったであろうが、うちの敷地には木がたくさん植えられておる。神社も寺も木と無縁の場所ではないからな。それで、毎日とはいかぬが、週に1度ほど、外周の見回りをしておるのだ。……なぜかと? 実はな、たまに、敷地ぎりぎり外側に面する木とか、あるいはこの裏の山に通じる部分の木に、藁人形が打ちつけられていることがあるのだ。半年に1、2度ほどかな……なんだ、しょっぱなからヘビーなのが来た、とは。事実だから仕方あるまい?

 どうするのか、とは? ……どうもしようがあるまい、事件とはいえぬし、ぬ、まあ、器物損壊か? しかも、誰が誰を呪っているかもわからぬ。わかる場合であれば、それとなく警察に話すこともあるが、それ以上は何もできぬ。まあ、そんなことはめったにないがな。

 ……なあんだ、とは何だ。宮司も僧侶も拝み屋ではないぞ。何を期待しておるのか。……ぬ、拝み屋、とは、……そうさな、……ゴーストバスターだ。……なんだ、その方がわかりやすい、とは。私はゴーストバスターの方がぴんと来ぬわ。


 どうした? 今どき呪い? いや、その認識は誤りだ。現代ほど呪いにあふれた時代はないぞ。――ぬ。いや、私が言いたいのはそういうことではない。呪いに、藁人形も五寸釘も必要ないのだ。丑三うしみつ時に……ああ、あれはな、要するに、呪っているところを人に見破られてはならぬという暗喩あんゆだと私は解釈している。……ネットで見られるのであろう? あの、あれだ、個人でいろいろと書ける、あの……なんとか申した、アルファベット3文字の……エスオーエス。いや違うな。……ああ、エスエヌエスか。……やかましい、たいして違わぬ。……似たようなものであろうが。なんでお前ら、こういうツッコミには3人そろって素早いのだ。いや、だから、そういう話をしたいのではない。


 ともかくだ。ネットには、他人を呪う文言があふれておろう。呪いそのものだ。今どき、隣でパソコンしていたり、目の前でスマホをいじっていて、何を打ちこんでいるやらわからぬではないか。あれが、藁人形に五寸釘を打ちこむ行為とどう違うのだ? そもそも呪いというものは、醜い感情の発露と認識されていた。だから人目を忍ぶのだ。それが現代ではどうだ、恥ずかしげもなく、誰も彼もがごく気軽に呪いの言葉を吐き捨てる。ネットに向かって、遠慮もなにもなく、だ。だからネットの中は藁人形だらけだ。それが世界中をめぐっているのであろう? 世の中が不穏になってくるのは当然ではないか。あのような呪いに満ちているのだからな。溜まりに溜まった呪いが世界中を蝕んでいるのだ。紛争も戦争も侵略も犯罪もいじめも、なくならないのも道理だな。私はそう思うぞ。


 話を戻してよいか?

 先月かな。久しぶりに藁人形を見かけたのだ。しっかりと五寸釘で打ちつけてあってな。そのまま放置しては木も傷んでしまうのでな、釘を抜くことにしている。しかし、よく見れば、その……藁人形とともに、小さな顔写真が、釘に貫かれているのだ。……実話だから仕方あるまい? そこで、一応、状況がわかるように写真を撮影した上で、釘を抜いたのだ。写真は、顔面に大きな穴が開いていたゆえ、人相が判然とせぬが、父を通じて警察に通報した。実質、それ以上うちは何もできぬ。それゆえ、それきりのことだと思っておったのだ。


 誰だ、今菓子袋を破いたのは? 盛り下がるではないか。


 その翌週のことであったか。蕪屋神社に、おはらいの依頼があったのだ。どうも先日来、嫌なことが続くので、お祓いを頼みたいとな。私も在宅だったゆえ、手伝いをしたのだが、やってきた女性を見て、私も父も驚いたのなんの。あの、藁人形に打ちつけられた写真とそっくりであったのだ。いやまあ、写真の目鼻立ちははっきりと見えはしなかったが、目じりとか、口もととか、そういった部分的なところが、どうにも別人とは思えぬのだ。むろん、そんなことを先方に打ち明けるわけにもいかぬのでな、父も動揺を押し隠して務めておった。


 ……うむ? いや、それきりだ。女性は多少落ち着いたようで、そのまま帰っていった。……いや、その後のことはわからぬし、何も聞いておらぬ。どうなったであろうな。今も息災にしておられるといいのだが。……そういう話だ。ではよいか? 次は誰だ?


     ○


 うむ? どうしたお前たち。……なに? 「もうやめよう」? これ。私が最初の番であろう。まだ最初の1話を話しただけではないか。ここでやめては、百話は遠いぞ。……「これ以上盛り上がれる気がしない」? うーむ、そう言われてはな……重すぎたか。それはすまぬ。


 ……待て、かといって、「やっぱりワイ談百物語にしよう」とはなにごとだ! 待たぬか! それ、岬井もそう言っておる。なにごとも初志貫徹…………いや、待て……。…………さようなことは申しておらぬ! さ…………ほほう……それは、まことに……? いやっ、いやいや、さほどに……ほほう…………いま少し、詳しく……聞こうではないか……ついでに黒川、ポテトチップスを私にもよこせ、独占するな。うむ……ちと暑いな? ……そうか? 岬井、うるさいぞ。嫌なら帰ればよいではないか。…………どうした。うむ、帰らぬのだな? なれば座れ。

 では、続きを拝聴しようか……。

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