スポーツならルールを守れ

 ……いったい、何でこんなことになってしまったのだろう。

 県立室口むろぐち第二高校の、バスケットボール部の青いユニフォーム21番に腕を通し、岬井みさきい一馬かずまはしみじみと首を振った。


 彼の在籍する通称「二高」と、私立明洋めいよう高等学校は、地理も比較的近いが、バスケ部の実力もだいたい伯仲しており、練習試合が組まれることは珍しくない。が、なぜこの季節にインフルエンザが猛威をふるっているのかはよくわからない。まあ、ウィルスについては、自然現象だからこっちに置く。バスケ部員がばたばたと倒れ、一馬が助っ人を頼まれた流れも、無理はないし、文句もない。一馬自身、クラブに所属してはいないが、バスケは好きだ。


 しかし、である。

 試合会場である明洋高校の体育館で、一馬は、対面に並ぶ敵方の選手たちをにらみつけ、声を張り上げた。

「なんで、お前ら、い(る)んだー!」

「あーら、そんな言い方は心外ねえ。事情なんてどこも似たようなモンでしょ」

 明洋高校の、オレンジを基調とした27番のユニフォームを着た男は、あまりにも軽い口調で応じた。


 そう、インフルエンザは明洋高校でも健在(?)だった。スタメンは、6番と14番が正規のバスケ部員らしいが、問題は助っ人の3人である。運動系どころか、そもそもクラブにすら所属していない奴らだ。26番、江平えびら弓弦ゆづる。27番、木坂きさか麗人れいと。28番、黒川くろかわはるか

 ……なぜ、よりによってコイツらに助っ人を頼む、明洋高校バスケ部!

 一馬は頭痛を感じつつ、眼鏡を外してベンチに預けた。

 こうなるとむしろ、なぜこの練習試合を中止なり延期なりしなかったのか、そっちの方が謎である。


 二高のスタメンは、5番、9番、15番がバスケ部員。20番、21番(一馬)が、助っ人だ。両者こんなボロボロの状態で練習試合をする意義が、どこにあるのだろうか。

 一馬は数歩下がり、仲間を呼び集めた。

「あの助っ人3人は要注意だ。ある意味バスケ部員より危険でやりにくいぞ。気をつけろ」

 ほかの4人はきょとんと、意味不明といった顔を見合わせた。……まあ無理もないかと、一馬は内心でため息まじりに嘆く。


 27番、木坂麗人。「将来はマジシャンになって恋人いっぱい作るぅ~」な夢を公言し、まい進(特に恋人方面)するトンデモ野郎。一馬とあまり変わらない身長に、人好きのする陽性の整った顔立ち。闘争心はあまりないとはいえ、運動神経はいいはずだ。登下校に制服ではなく「将来を見据えて」タキシードを着てくるという、おぞましい思考回路の持ち主だが、さすがに今日はちゃんとユニフォームを着ていた。そして何をやらかすかわからないという恐ろしさもある。今回はスポーツだから、めったなことはない……と思いたい。ただ当人に言わせると「予想を美しく裏切るのがマジシャンの本懐よぉ」とのことだが……いやまさか。試合中に手品の使いようがないだろう。

 28番、黒川遥。スポーツはほぼ万能で、身体能力も戦闘力も高い。まともに向き合えば強敵だ。ただし興味のないことには指先さえ動かしたがらない。助っ人に呼ばれたはいいが、本人はただの人数合わせとしか考えていない可能性がある。もしそれならしめたもので、突っ立っているだけで何もしない、かもしれない。動向を注視する必要がある。普段は臆面もなくかけているサングラスも、今日は外しており、鋭いのか眠くて機嫌が悪いのか判じがたい表情があらわになっている。身長は一馬より低いとはいえ173センチはある。

 26番、江平弓弦。とにかく図体がでかい。しかし彼の場合、運動神経があまりよくなく、バスケットボールのルールを理解しているかどうか怪しい。きっちり相手をする必要はないかもしれないが、ガタイには注意が必要だ。性情はこの3人の中で一番まともであろう。


 綾子あやこが来なくてよかったと、一馬は思った。一馬の交際相手である根岸ねぎし綾子は、応援に来たそうだったが、彼女もインフルエンザの餌食となってしまった。苦しんでいるのにこんなことを思ってしまって申し訳ないが、今日の試合は応援してもらうに値しない展開になりそうだと、早くも一馬には予想がついたのである。

 明洋高校の27番が、試合運営の手伝いに来ていた女子のバスケ部員を口説きにかかるというハプニングを経て、練習試合は失笑のうちに始まった。さっそくやらかしてくれる。敵も味方もいきなり、ペースを乱されたままの試合開始となった。


     〇


 試合開始のジャンプボールは、二高の9番と明洋の26番。二高の9番は、相手をつくづくと見上げた。江平の身長は188センチを誇る。おそらく助っ人を頼まれた理由はそこだろうと一馬は推測している。

 だがバスケットボールとは、体が大きければ勝てるスポーツではない。


 ボールが投げ上げられた。

「ぬおっ」

 でかい江平が跳躍した。しかし明らかにタイミングを逸している。二高の9番は冷静に対処するつもりだったが、むしろ江平の掛け声で調子が狂った。ぼて、と気の抜けた音でボールがつつかれ、ぼてぼてとコートを打つ。オーライ、と二高の5番が飛び出し、すかさずドリブルしながらゴールへ走る。刹那、すぱんと流れが反転した。明洋28番の黒川が、二高バスケ部レギュラーの5番からあっさりとボールを叩いて奪い、面白くもなさそうな顔でドリブルに移る。げ、と一馬は小さな声を上げた。残念ながら今日の黒川はやる気のようだ。キャプテンか監督が、食事をおごるとかいう取引を持ちかけたのかもしれない。あわててディフェンスについた20番をあっさりと抜き去るも、それ以上は進まず、ゴール下へ走りこんだ27番の麗人へぽいっと放る。

 麗人は跳躍した。


「あ……」

 麗人のシュートが、リングを通り抜けてネットをくぐった。2点先取。だが選手たちの大半が、ぽかんと立ちつくしてそれを見つめていた。ボールを手にした麗人がジャンプしてシュートを打ったのだが、まるでバレエかフィギュアスケートのようで、横方向にスピンしながらのジャンプだったのである。バスケットボールには絶対に必要のない、無駄すぎるアクションであった。華麗にシュートが決まったにも関わらず、見物する生徒たちからは失笑が起こった。それでも、彼のファンである女子が数人見に来ているらしく、ごくごく一部からは高い歓声も聞こえる。


「なんだアイツ」

「だから言ったろ!」

 声をひそめつつ怒鳴る、という器用なことを、一馬はやってのけた。

「あいつらにバスケの常識が通じると思うな! 何をやらかすか全然読めないんだからな!」

 言い捨てると、一馬は走り込みながら、頭を抱えた。木坂麗人から手品と女好きを取ったら何も残らないと思っていたが、無駄なショーマンシップというやつがあったのだ。しかも、こちらのチームのペースを乱して集中力を削ぐ、という副作用がばかにならない。スピンジャンプしながらシュートを決めるというのは実は恐ろしいほどの技量だったりするのだが、なぜこの男はすごい能力を無駄遣いするのだろうか。


 予想通り、嫌な試合になりそうだった……あまりにも愚かしい意味で。


     〇


 先制点を許したものの、「こんな奴らに負けてたまるか」という効果があったのだろうか。二高はすぐさま立ち直り、反撃にうつった。こうなると、個々の能力よりも、チームの団結力がある方が有利なのかもしれない。二高チームは3人が現役バスケ部員、助っ人のふたりもバスケは得意だ。あっという間にスコアを逆転させ、さらに勢いづく。追いすがる明洋チームも、個々の能力は悪くはないのだが。ふたりの現役バスケ部員の能力はさすがに高いと、一馬はプレイの中で見て取った。しかし、失調しているのが明らかだった。助っ人があの3人では無理もあるまい。


 黒川は、バスケ部員以上に強敵だった。こちらのディフェンスを立て続けに3枚、見事にかわす技量を持っている。だがときどき面倒くさそうに見える。しばらくしたら飽きるかもしれない。活路はそこにある。

 木坂麗人はある意味で、コートの中でもっとも厄介な男だった。まだ第1クォーターなのに早くも「オレこーゆースタミナないのよねぇ」とぼやきつつ、のんびり走っている。ただ、こいつを見ると敵も味方も戦意を喪失するという効果は非常に高く、危険だ。

 江平はほとんど問題なさそうだ。あの男はやたらでかく、直線を全力疾走させれば速い。だがバスケのように、敵味方の状況を見ながらテクニカルに動かなくてはならない事態では、明らかに反応が鈍い。動きを切り替える際に、一瞬止まるのである。威圧感はあるが、フェイントで姿勢を崩してやれば、あっさり抜くことができる。もっともコイツの場合、面倒なのはガタイでも運動神経でもないのだが。


 黒川が前方にパスを送る。一馬がカットに成功し、速攻につなげた。2点が追加。仲間と手のひらを叩き合って、ふと見ると、黒川が「この野郎」という表情でこっちをにらんでいた。闘志に火をつけてしまったか。だが戦闘ならともかくスポーツの勝負で、ひけをとるつもりは、一馬にはまったくない。


 26対18。二高優勢で、第1クォーターは終了した。だが二高の選手たちは歓喜とは無縁の表情だ。むしろ、どっと疲労が吹き出していた。普段とは明らかに勝手が違う。


「岬井、あの、27番と28番はお前にまかすわ」

「なんで!?」

 味方の5番からそう言われて、一馬は目をむいた。

「だって、あのワケわからんのに一番詳しいの、お前じゃん。26番はなんとかなりそうだけどさ」

「そうそう」

 気づくと、ほかの味方プレイヤーもうんうんとうなずいている。ちょっと待てと言いかけて一馬は、全員の顔が早くも疲れ切っていることに気づいた。

 ――まあ、マトモに相手したくはないわな。俺もだけど。


 優勢でありながら、誰もがこの試合を投げていることを、一馬は察してしまった。こいつらだって、俺がひとりであのふたりを抑え込めると本気で思っているわけじゃないだろう。ますます馬鹿らしくなってしまう一馬だった。本当に、今日の試合を強行することで誰が得をするというのだろうか。


     〇


 第二クォーター。さっきまでと様子が変わっていないのは、明洋高校チームの助っ人3人だけで、あとは全員がくたびれてしまっていることが感じ取れる。心なしか審判もうんざりしているように見えるし、観客席の天井近くにも「まだやるの?」という空気がたゆたっている、気がする。敵も味方も完全にモチベーションがダダ下がりだ。そんな中で、明洋27番の麗人は「バテる~」とか言いながらも楽しそうに、無駄なプレイで無駄に謎の演出効果を狙っている。美しく脚を上げながらのパスとか、ボールを受ける際の謎のポーズとか。江平は「ぬっ」とボールを受け取り、すぐさま手近な味方にパスをするという行動に終始していた。ほとんど壁である。黒川も――いや、もう飽きやがったなと、一馬は思った。表情がいつもと変わらないが、プレイがあからさまに大味になり、さっきからパスを受けたその場所からゴールに向かってぶん投げるという、非常に乱暴なスリーポイントシュートばかりを繰り返しているのだ。あれはスタミナ切れではない、面倒になったのだ。恐ろしいのは、この乱暴なスリーポイントシュートが4~5割の確度で入ってしまうことである。センターラインの手前からぶん投げて入ることもあるというすさまじさだが、明洋がこれに乗じて一気に攻勢に出るということにはならなかった。こんなシュートを戦術に組み込めというのが無理な話だ。二高も、これを脅威と感じて本気で止めようという気配もなかった。


 スコアは31対26になったが、まったく盛り上がらない。両チーム監督も、やるんじゃなかったという顔色になっているものの、それでもときおり声を張り上げて指示を出す。立場上、放り出すわけにもいかないのだろう。そしてバスケ部員にも意地とプライドがある。二高がわは、壁の江平とスリーポイントを乱発する黒川以外には、きっちりディフェンスを行い、速攻にも手を抜かない。疲れた心身に鞭打っている。そして明洋のバスケ部員も、二高の選手に対して、人数でかなわないながら応戦する。むしろ彼らは、自軍の助っ人と連携したくなさそうだ。当然だろうが。一馬は頭を振って、思考を切り替えた。やる気をなくしてぶん投げる黒川は放置だ。江平はパス以外は放置でいいだろう。木坂麗人と、バスケ部のふたりだけ考えればいい。そして木坂麗人を止められなかったとしても己を責める必要はない。あんなヤツをまともに止められる人間がいたら、それこそ人間国宝である。


 二高の15番がシュートを決めた。39対34。こちらはスリーポイントを狙うよりも、ゴール下まできっちり攻め込む方がいい。明洋チームのパスをカットすることに成功した一馬は、ドリブルで駆け上がろうとした。目の前に壁が、いや間の悪い江平が、反応できないまま硬直していた。間に合わない。どんっ、と両者は激突した。一馬は尻もちをついて倒れ、図体のでかい江平はよろけつつも持ちこたえた。


「すまぬ、大丈夫か」

「ああ、こっちこそ」

 助け起こそうと江平の差し出す手を、素直に一馬は握った。江平に対して一馬は、麗人や黒川に対するほど入り組んだ感情は持っていない。

 江平のファウルと判定されて攻撃再開し、二高はさらに得点を重ねた。


 ……しかし、なんだろう、得点を重ねても爽快になれない、この心境。


     〇


 得点を許した明洋高校が、ゴール下からパスを投げる。二高の厳しいマークに耐えかねたか、ボールは放置されていた江平に回った。とっさに受けたものの、大男は明らかに硬直する。


「え……と……」

「エビらん、まりつき、まりつき」

「おお、そうであった」


 アドバイスした麗人と、された江平、ふたりをのぞいたほぼ全員が、すっこけそうになった。まりつきって。バスケの試合中にまりつきって。そして江平は、大きな挙措でまりつきをしながら、移動を始めた。

「♬てーんてーんてーんまーりて……あ」

 なぜ手毬唄まで口ずさむのか。あっさりと二高の5番に奪い取られ、江平が立ち止まったときにはすでに、彼の味方はピンチに陥っている……もはやピンチとかいう感覚さえ狂ってきているが。それでも麗人はいいポイントについていた。これは来るな、と察した一馬は、方向転換して走りこんだ。麗人がタイミングをきっちりと読み切って、パスカットに成功する。ドリブルに移ろうとした瞬間、ディフェンスの体勢からボールを奪いに来た一馬と相対した。


「くッ……!」


 ……バスケットボールの試合では、というより、そもそもどんなスポーツだろうと、あってはいけないことが起きた。麗人が軽く両手を動かしたとき、右手と左手と、両方の手にひとつずつのボールが現れたのだ。


「本物はどっちでしょうッ!」

「§%〒……!」


 言語化できない奇声を、思わず一馬は発した。どちらも、寸分たがわぬバスケットボールである。また邪道なことをやりやがって、偽のボールをどこに隠してやがった、いろいろな思考が一瞬で一馬の脳裏をめぐる。だが体はもう、麗人の右手にあったはずのボールを攻撃対象と定めて、動き始めている。そもそも麗人が両手をクロスさせるような動きさえ見えなかった。


「こっちだ!」

 迷いはしたが逡巡することなく一馬は、そのまま麗人の右手からボールをたたいて奪った。反対方向にドリブルを打とうとした矢先、そのボールは「ぶしゅっ」と小さな空気の咆哮と同時に、つぶれて消滅した。偽物だったのだ。


 レフェリーが短くホイッスルを鳴らし、試合を中断させた。

「きみ、今、ボールふたつ持ってなかったか?」

「ないですよぅ。どこにどうやって持ってたっていうんです? 身体検査したっていいですよぅ」

 ふてぶてしく言い切った麗人の体を、ユニフォームの上から軽くたたいてチェックするレフェリーは、なんとなく釈然としない様子だった。一馬は舌打ちを我慢した。木坂麗人に身体検査は無駄だ。どこに何をどうやって隠し持っているか、誰にもわからない。さっきの偽物ボールだって、どう出したのかわからないほどだったのだから。

 だが、これで麗人も、うかつな手品は使えなくなるだろう。審判が「ああいう事態が起こり得る」と頭にインプットしてしまったから。


 試合は二高のボールで再開したが、さらなる疲労もまたのしかかってきた。


     〇


 第二クォーターは終わりかけていた。43対39。じわじわと差が詰まっている。明洋の、ふたりのバスケ部員のプライドと執念、木坂麗人の華麗なる無駄テクニック、そして黒川のだるそうにして恐ろしい乱暴ロングシュートの命中率とが、なせるわざだった。油断すれば簡単にひっくり返る、射程範囲内だ。


 またしても江平にパスが回された。彼は基本、二高から放置されている。たいしたプレイはできないと見切られてしまい、ノーマークなのだ。味方であるはずの明洋のバスケ部員ふたりからも、実は戦力外とみなされているのだが、それでもボールの一時預け場所として活用されることもあった。このときもその流れだったのである。


 江平はまた硬直した。二高のユニフォームがボールを強奪するために迫ってくる。

 ――まりつきは、またはじかれるな。となると……おお、黒川がやっているアレだ。

 片足を振り上げて振りかぶる。


「ふぬっ」

 足をコートにたたきつけるようにして、江平は豪快に投げつけた。


「ちょっ……」と麗人が言いかけたとき、どぐゎん、と、マンガの描き文字を付けたくなる音が、響いた。


     〇


 ……体育館のあちこちから、スマホが差し上げられ、写真を撮影しているらしき効果音が連続する。


「アレってさぁ、NBAの選手とか、ぶら下がれる強度があるヤツだよねぇ?」

 さすがの麗人もあっけにとられたのか、感想がいささか間抜けである。

「滅多に見られるシロモノじゃねえな。後でおれらも撮っておこうぜ」

 黒川も毒気を抜かれたようにつぶやき、一馬が「確かに」と同調した。

 審判による審議はまだ続いている。


 ……江平の渾身の一投によって、ゴールのリングがへこんでしまっていた。

 リングの直径はおよそ、ボールの直径の2倍ある。歪んだからといって、ボールが通らなくなってしまったほどではない。しかし公平性を著しく欠くことは間違いなかった。


 やがて両チームのキャプテンと監督が、審判に呼ばれた。話し合いの後、コートの全選手が呼ばれ、今日の試合の中止と無効が宣告された。全員に異存はなかった。ことに二高の選手は、自分たちが優勢であったにもかかわらず、後日に試合を仕切り直すことを喜んだ。そもそもなんで助っ人を集めなくちゃいけない段階で試合の延期を誰も考えなかったのか、今日の試合を強行したのは誰だと、1日を無駄にした実感の強い一馬は、内心で不満をサイクロン状に吹きあげていた。


「試合延期になったんだって? 何があったの?」

 後日、回復した綾子にたずねられた一馬は、軽い頭痛を振り払うように答えた。

「あはは、いや、やっぱり選手が集まらなくてね。ひとまず試合を始めてはみたけど、やっぱり無理があるなってことで、延期が決まった」

「始めてから? そんなことあるんだ」

「ははは、はは、はは」

 ……嘘は言っていない。


 歪んでしまったゴールの対応については、明洋高校と江平家で話し合いになったらしいが、他校のことで、一馬はよく知らない。


 そして江平は、黒川に襟首をつかまれ、勢いよくゆさぶられるはめになったのだった。

「勝ったら焼き肉食べ放題の契約を、どうしてくれんだお前!」

「おちっおちっ落ちつ……舌かんだ」

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