ドーパミン・オキシトシン・セロトニン

 朝起きて、時計を見たら授業がすでに始まっていた。おかげで何もかも憂鬱になってしまう。ベッドから出たくない。掛布団を被りなおした時に、インターホンが鳴った。そう言えば、昨夜母親から郵便が届くという話が来ていたのを思い出す。


 俺は寒い十二月の朝にベッドから這い出るという偉業を成し遂げたが、床にほったからしにしていたドライヤーのプラグを思いっきり踏みつけて数秒間悶絶した。しばらくして玄関を開けたが誰もおらず、不在票が扉の内ポケットに投函されている。


 とにかく寒いので、パジャマの上にダウンを着た。お湯を沸かそうと思って、やかんに水を入れようとしたが水が出ない。数日前に朝十時から水道工事で三十分ほど水道が使えなくなるチラシが送られていたのを思い出し、渋々やかんを元の場所に置く。


 何もかも面倒になって、ダウンのポケットに入っていた煙草を取り出し口に咥えたが、肝心のライターがオイル切れになっている。コンビニまで歩いて十分かかるので、当然諦めた。


 冷蔵庫の中を開けたが、食材はほとんど残っていない。かろうじてカビの生えたチーズが奥の方に眠っていた。何も見なかったことにして、冷蔵庫を閉める。散らかったリビングに戻り、リモコンで暖房を入れベッドに潜り込んだ。だが、一向に温かくはならない。リモコンを確認すると冷房になっている。カチカチと暖房に設定しなおして、俺はベッドの中でぐっすりと眠りについた。


 二度寝から起きたときには、すでに日は西に傾いていた。その瞬間、俺はすでに出席が足りなくなっていた授業があったのを思い出す。それも必修科目だ。冷汗が背筋を伝うが、もうどうしようもない。このとき、静かに俺の留年が確定したのだった。

 

 もう、どうしようもない。やってしまったことは、やってしまったことだ。今日初めてスマホをつけると、最近よく話す女の子から数件連絡が入っていた。俺が授業に出ていないことを案じて連絡をしてくれていたらしい。夜になると彼女が俺の家に来た。ちゃんとライターと煙草も買ってきてくれている。


 俺は彼女を抱擁して、そのままベッドに倒れ込んで、適当にやった。やっている間も留年してかかる金のことばかり考えている。もうどうしようもないことなのに。気がついたら生でやっていて、女の子は泣いていた。


 そんな女の子を見て、俺は不覚にもかわいいなと思ったし、俺が責任取らなきゃな、なんて変なことを思ったりする。俺は彼女を慰めようとしたが、思いっきり突き飛ばされた。ベッドから転げ落ちて、ローテーブルに頭をぶつけた。ケツに置きっぱなしにしていたドライヤーのフラグが刺さって死ぬほど痛い。呻いている俺をよそに女の子は荷物をまとめて泣きながら出て行った。


 勢いよく閉まる扉の音を聞いて、変な女だったなと思ってしまう。俺はとりあえずベッドによじ登って、テーブルの上に置いてある煙草を取り出して火をつけた。その時、あの女の身体温かかったな、とふと思った。

 ふぅーと白い煙が部屋に流れていく。あぁ、気持ちいいな、なんていつも通りの気分になってしまう。さっき泣いて行ってしまった女の子を思い出して、世の中の奴らはなんであんな不幸そうな顔してるんだろうな、と思う。俺なんて、朝から散々ひどい目に合って、留年も確定して、女の子に振られたってのに。


「脳内に幸福物質が駆け巡ってるから俺は幸せなんだよなぁ」


 そう言ってみると、本当にそんな気がしてきてしまったんだ、俺は。

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日常乖離と、その現実性について チャガマ @tyagama-444

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