ロストエレキトリック
私は独り学校の屋上で、雨雲に覆われた空を見上げていた。ただ雨が降っている。私の冬用の黒いセーラー服は雨に濡れて、生ぬるい感触を持ちながら肌にへばりついていた。
私の世界はどんよりと薄暗い。この見えている世界も、これまで過ごしてきた時間の世界も。降り注ぐ雨の音、コンクリートを跳ねる水音、私の肌に当たる音。ぼんやりと見える空の景色、ただれたようにへばりつくこの服の感触、そしてこの世界でさえ、全部が全部、私の五感によって電子的に変換された情報でしかない。
今まで、私だけ違った色眼鏡をかけているようだった。あの閉鎖空間で起きる些細な出来事。私はそのほとんどを見過ごすことができないのに。彼らは平然としている。いたずらも、ポイ捨ても、いじめも、悪口も、暴力も、全部。
私に見えていた空間は、もはや荒野だった。モラルも秩序もない。ただ、人が集まっていただけの、荒野だった。私にはそれが歪なものに見えている。その空間の状態を、私の脳にある電子回路が歪だと判別している。狂っているのは、彼らの電子回路なはずだった。少なくとも、私の電子信号はそう示していた。
でも、私の電子回路は知らない間に狂ってしまったらしい。私はあの閉鎖空間の惨状を、ありのまま受け入れた。それが普通だと、私の電子信号がそう訴えている。私の電子的機能に負荷がかかっているわけではなくて、もっとそれとは別の電子的な構造とは乖離した哲学的構造の一部が過剰な負荷を抱えている。その負荷を軽減するために、私の電子回路が多量のバグの処理を一時的に放置したのだ。だから、私の電子回路にはバグの影響が大いに反映されて、こうした異常事態を認知できない状態になってしまった。
けれど、私は狂ったままではいたくなかった。電磁的記録の崩壊を招いてしまうことをどうしても避けたかった。バグを放置し続けることを、私の根源的生命の意志が拒んだ。私は脳内の電子回路に存在したバグを処理するために、ありとあらゆるデータを削除し、電子情報をシャットアウトした。リセットされた私の電子回路は新たなデータを蓄積するために五感から送られてくる電子情報を余すことなく分析する。私の根源的生命が、意志が、望む世界の構造を捉えようとした。
でも、私の電子回路は大きなバグを再び蓄積する。どうしようなく、私の世界の構造は変わらなかった。他人の電子回路の構造の説明を受けたりした。でも、その回路は私のものとは互換性がないように思えた。そして、私は再び外部からの電子情報をシャットアウトした。物理的な情報は何も入ってこない。電子回路にバグは蓄積しない。そのはずなのに、私の哲学的根源が送信し続ける謎の解析不能な電子パルスが電子回路を破壊した。
そして、私は独り屋上に立っている。
さぁ、いこう。電子に支配されない根源的生命の循環地へ。
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