縁側の一頁
縁側から見る家の周り。
回覧版を隣の家へ回す風景が、ふと変わらない日々を思わせる。ご近所付き合い。それは酷く閉じた空間の古い物事のように感じるけれど、ほのかな温かみのある懐かしい思い出のようでもある。
初夏のセミの鳴き声。いたるところから聞こえてくる震える音。ミンミンと五月蠅くて煩わしい音なのに、どこか涼し気で夏の香りがする。ときどき縁側に吹く風が、リンリンと風鈴を震わせる。すると自然と扇風機の回る音と、透明なグラスに入ったカルピスの中で氷が解ける音色が聞こえてきた。
居間のテレビの音声が窓越しに聞こえる。父が見る甲子園だ。今年はどこが勝つのだろう。私はどの高校が強いのかも知らない。自分の都道府県出身の高校がどこなのかも知らない。でも、なんだか勝ってほしいなんて身勝手に思っている。
母がスイカを持ってきた。赤と緑と黒。ふと落ち着いて考えてみると、変な色だなぁと思った。どうして外側は緑と黒で、内側は赤いのか。みずみずしい発色をしている赤い身が、私の食欲をかきたてた。スイカの隣には塩の入った瓶が添えられている。甘いものに塩味は合うみたいだ。ぱっと塩を一振り。軽い咀嚼音。甘い夏の味。
祖父が庭に竹を運び始めた。鉈で竹を綺麗に真っ二つに割っていく。あっという間に色んな長さの竹の素材ができて、祖父はそれら一つ一つをワイヤーで上手にテキパキと組み上げて、流しそうめんの装置にしてしまう。私は縁側で思わず拍手する。初めて見る本物の流しそうめんの装置だった。
母がどこからともなくホースを持ってきて、竹に水を流していく。小型のウォータースライダーだ。その出口にざるを被せたバケツが置かれる。いよいよそうめんを流すときになって、父がのそのそとサンダルを履いて庭に出てきた。
母が小さな脚立に立って、白いそうめんを透き通った水と共に流し始める。私たちは夢中になって白く細い束を箸で取り、氷とめんつゆの入ったお椀に一度通して口へ運んだ。だしの香りと冷たくちゅるんとした触感。これもまた涼しい夏の味覚だった。
私たちは何度もそうめんを流しては取って食べる。さんさんと照り付ける太陽の暑さや額を流れていく汗の感覚すら、自分には清々しいもののように感じられた。
遠くからセミの鳴き声、扇風機の音、甲子園は盛り上がっているのか大きな歓声が聞こえてくる。竹を流れる水とそうめんの涼しさ。手元のお椀が冷えて気持ちが良い。
これが夏。私の望んでいた幻想郷。
東京生まれ東京育ちの私は、ゴーグル型電子媒体に映るありもしない縁側の一頁を見つめている。
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