OLながら限界オタクやってます

@Sakuranokimi

第1話

「了解。あ、そちらはそこにおいといて。…休憩?あぁ大丈夫。さっき5分とったから」

 部下が心配そうな顔をして、「無理しないでくださいね」と残し去っていく。

「無理しないで、か…」

 別に無理をしているつもりはない。…いや、ほんの少しだけ、しているかもしれない。でも、決してそれは苦ではない。なぜなら……今日は推し…あやとの配信がある!

 「…伊藤?」

 隣で仕事をしていた坂本が私を呼び、我に返る。顔を上げると、突き上げた拳が目に入る。どうやら興奮のあまりガッツポーズをキめたらしい。

「…なんでもないわ」

 私はスっと腕を下ろして言った。

 …そう。私は、超有名ネット男性活動者グループ「SKY」の「あやと」をどうしようもないレベルで推しているオタクだ。バレると面倒臭いから、会社では普通を装っているが、時々こういった奇行に走る。

 こうみえて私は、今年で24になる、まだまだ若者の分類だ。20歳の頃から推し活をする為だけにバリバリ働いていたら、いつのまにかキュルルンとした若者特有の雰囲気は私から無くなっていた。だからか、いい立場ももらっている。こういうのもなんだが、給料も他の人より数倍は高いだろう。オタクとしては願ったり叶ったりだ。

 それに、普段の見た目はこれだが、イベントやライブに参戦する時の私は、自分で言うのもなんだが、かわいい。オタクとして、たとえ見られなくても身だしなみは整えるのが基本だ。

「よし」

 別のことを考えながら仕事を進められる私は、嫌味な奴だと思う。でも他人からどう思われようがどうでもいい。

 ピロンッ。

この音は…セイからの通知か。朝、あやくん(あやとをりすなーはそう呼ぶ)から『今夜放送するから今日も一日頑張れよ!』との呟きがあった。時間が書かれていなかったから、もしかしたらそのことかもしれない。そう思うといてもたってもいられなくなり、すぐさまアプリを開いた。

「かっ…!」

 かわいい!ていうか仕事中に(いやさっき終わらせたけど)これは酷い!

 夏海の開いた画面には『今日8時から放送ね!雑談しよ〜』とのコメントと一緒に、目以外の顔がアイコンで隠されたピースをしている写真が添えられていた。

 顔が隠されているのは、いわゆる「顔出しNG活動者」だ。

「わっ、またそれ?イケメンとはいえ顔隠してる男の写真なんかみてどうすんだよ」「あ?」

 私は目をかっぴらいてそう言ってきた坂本を睨む。

「今なんつった?失礼な言葉ありすぎてどれから言えば分からなくするのやめてもらえます?てかこの前も…」

 小声で次々に思いを吐く。

「あーはいはい俺が悪かった!ごめんって!はいこの話終わり!」

「何勝手に終わらせてんの?はい?え、貴方にそんな権限があると思ってるんですか?」

「あーもう!ほら…えーっと、返信!しなくていいのか!」

「あっ!やばいやばいやばい」

 私はスマホの画面に向き直る。

『お写真ありがとうございます!今日もかわいすぎです…配信楽しみにしてます!』

ところどころ顔文字を使いながら打ち、送信する。

「…はっ!さかも、と…チッ」

 どうやら私が返信に集中している間に、どこかへ逃げたらしい。そういうスキルだけ無駄に持っていることが、ますます腹が立つ。

「ふぅ……」

 でも正直、職場にオタクをぶつけれる相手がいるのはありがたい。さっきは注目が集まっていたからなんでもないと言ったが、坂本しかいなかったら「今日配信が…」と長々と話していたことだろう。

 オタバレを避けている私が、坂本にだけオタクを晒しているのは、他でもない、「知られてしまった」からだ。


 4年前、まだピチピチだった私は、SKY沼にハマりたてでもあった。面接前、気を紛らわせようとあやくんの写真を見ていると、「なにしてんの?」とスマホをのぞき込まれながら声をかけられた。それが坂本だ。

 私は無視して奴から離れた。緊張していることぐらい感じ取れるだろうに声をかけてくるデリカシーのなさ、ましてやスマホをのぞき込むというモラルの欠如。

 心の底から落ちてしまえ、いやあれでおちないとのかと思ったが、会社に着くと、奴はいた。

「あー!俺を無視した人!」

 入りたての会社、初日ということで社長までもが顔を出しているその場でそう放った彼を、本気で殴り倒そうかと思った。

「それは…どういった経緯で…?」

 すぐさま社長が聞いてくれなかったら、私は今頃ここにいなかった。本当に感謝しているし、そんな社長の元で働けて誇りに思う。

感謝…それは、私がオタクだと知ってもなお声をかけ続けてくれた上、オタク全開の私の話を適当ながら聞いてくれる坂本にも、だ。

もしかしたら、案外分かり合えるものなかもしれない。


「坂本」

「はいっ!」

 そろーっと気配を消して帰ってきたようだか、私を欺くことは不可能。

「コーヒーは?」

「どうぞ…」

 坂本はやらかすと、いつもコーヒーを持って戻ってくる。反省の意だ。

「言うことは?」

 大したことを期待している訳では無い。謝って欲しいわけでもない。ただ、私はどんな思いをしているのかが気になった。

「えっと…その、ごめんな。別に、おかしいとか思ってるわけじゃないんだ…」

 私はふっと微笑む。ちゃんと考えてきてくれたのが、ほんの少し嬉しく思えて。

「ただ、別にそいつじゃなくてもいいんじゃないかって…たとえばお…」

「は?」

「え?」

「そいつじゃなくてもいい?なにそれ意味分からん、え…?」

「いや、違くて…!」

「何が?何が違うの?」

 やっぱり私は、坂本と分かり合えない。



 

 



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