【18.年末年始を友人と(後篇)】

 「こ、こんにちは~」


 大晦日の日の午後、キララは親友とも言える仲になった朝倉姉妹の家を訪ねていた。「一泊二日での年越しお泊り会&初詣」に誘われたのだ。


 「あ! キララ、来たんだね。いらっしゃ~い」

 「ようこそ、歓迎しますわ、キララさん。ささ、上がってくださいな」


 花梨も恵恋も笑顔で迎えてくれたのだが……。


 「は、はい。ではオジャマシマス……」


 対峙するキララの笑顔は僅かにぎこちない──何故か?

 その答えは、彼女が招かれ、今足を踏み入れようとしている“家”にあった。


 まず、城の石垣を彷彿とさせる堅固な石造りの高い塀が屋敷の周囲に張り巡らされている時点で、現代日本の家屋としては割と異端だろう。

 パッと見、庭も含めた敷地の面積は、私学としても割と広めの聖女のグラウンド全面くらいはあるだろうか。


 いかにも頑丈そうな鉄扉の備わった門を(内部からのリモートで)開けてもらい、そこから玄関口まで十メートルほど歩くことになるのはさておき。

 玄関前から見上げる屋敷の建物自体は、白塗り壁と瓦屋根の昭和な雰囲気の和風建築だが、屋根の高さからして間違いなく三階建てで、推定収容可能人員は下手なホテルを上回りそうだ。


 キララが住む明徒館も、日本の平均的な一軒家と比べるとかなり大きいのだが、此方は格が違った。


 「えーと、こういうコト聞いてよいのかわかりませんが、もしかして朝倉さん達のおうちって……」


 和風の外観に比して、比較的モダンな内装の屋敷の中を案内されつつ、恐る恐る尋ねたところ。


 「──まぁ、気になりますわよね。はい、父は朝倉グループのオーナー社長ですわ」


 恵恋が苦笑しながら、県内でもっとも大きな企業グループの名前を教えてくれた。


 「しょーじき、住んでる身としては、ここまで大きな家は不要なんだけどねー。大は小を兼ねるって言っても限度があるでしょ。友達もあんまり遊びに来てくれないしさぁ」


 花梨も思うところがあるらしい。

 確かに、メイドとして大きめのお屋敷で暮らしているキララでさえ、初見ではちょっと気圧されたのだ。

 ただの小中学生にとっては敷居が高いだろうことは推察に堅くはない。


 「あはは……私でよければ、また遊びに来ますよ」

 「ホント!? マジうれしい!」

 「ええ、キララさんさえよろしければ、いつでもいらしてくださいな!」


 社交辞令半分で言った言葉に対して即座に食いつく朝倉姉妹に、内心ちょっとビビるキララ。

 このふたり、タイプは違えど社交的で友人知人が多いのは共通しているはずなのだが──そこまで「家に来てくれるおともだち」に飢えていたのだろうか?


 なお、後日、色々調べた結果、朝倉グループが県内企業として最大規模であるだけでなく、経営/所有する朝倉家は元華族のガチ名家かつ資産家で、下手な広域(暴)なんかよりずっとアンタッチャブルな存在と見られていることを、キララは知ることになる。

 もっとも、その頃には恵恋&花梨の父母ともそれなりに親しくなり(かつ気に入られて可愛がられ)、今更距離を置くなんて選択ができなくなるのはご愛敬か。


 (ここで変に気を回したり、露骨に態度を変えるのは、おふたりに対しても不誠実ですよね。なら)


 キララも、そう気を取り直し、その後は休み時間や放課後に双子たちと雑談する時のような“緩い”空気が戻って来る。


 「さ、ここがわたくしの部屋ですわ。花梨の部屋はちょっと散らかっておりますので……」

 「ちょ、おねーちゃん、それは言わない約束でしょ!」

 「あぁ、大丈夫です。たぶんそんなトコロだろうなぁ、と思ってましたから」

 「キララもひっどーい!」


 3人が軽口でやりとりする様子は、もうすっかり普段のままだ。


 そのまま恵恋の部屋(十畳くらいの広さの和室)で、トランプやモノポリーなどのいくつかの非電源ゲームで遊んでいるうちに夕餉の時刻となり、双子に連れられてキララも食堂ダイニングで晩ご飯を食べる。


 「キミが小野キララくんか。話は娘たちからよく聞いているよ。私がそこのふたりの父親で、この家の主である朝倉宗治郎だ」

 「ご挨拶が遅れて御免なさい。わたしは華蓮、この子たちの母親よ。よろしくね」


 食堂で顔を合わせた朝倉姉妹の両親は、大会社の社長夫妻というより、極道組織の組長とその極妻つまという方がしっくりくるような雰囲気の強面&美人だった。


 「はい。こちらこそよろしくお願い致します。それと、今日は御世話になります」


 だが、物怖じすることなく礼儀正しく受け答えしたキララは、どうやら気に入られたようだ。

 和やかな雰囲気で夕食が進み(ちなみにメニューは「鮭のちゃんちゃん焼き」、「カニクリームコロッケ」、「昆布と大豆の煮しめ」、「ほうれん草と白菜のナムル」、「茶そばの入ったすまし汁」と意外に庶民的な代物だった)、食後のお茶とデザートを皆で楽しむ。


 夕食の後、キララは朝倉姉妹とともに恵恋の部屋へ戻って、しばしの雑談したところで入浴タイムとなった。

 客であるキララに気を使ったのか、「お先にどうぞ」とお手伝いさんが呼びに来たが、よそのウチでひとりで一番風呂に入るのは気が咎めたため、キララは恵恋と花梨も一緒にどうか、と誘う。


 「たぶん、このお家の風呂ですから、3人くらいは余裕で入れると思うのですが……」

 「まーねー、ウチのお風呂は下手な旅館くらいはあるよ」

 「そう言えば、花梨と私はともかく、キララさんとお風呂に入ったコトはありませんでしたわね。ぜひ、ご一緒しましょ♪」


 なお、元成人男性とは言え、今のキララの意識は99%外見通りの女子中学生なので、特に照れたり挙動不審になることもなくバスタイムを3人で満喫した模様。


 入浴後は女の子3人でのパジャマパーティ──と言っても、いわゆる“パジャマ”を着ているのは花梨だけで、恵恋は浴衣風の寝間着、キララはオフホワイトのゆったりしたネグリジェを着ているが。


 大晦日の夜となると、日本人の多くはテレビを見ながら過ごすものだが、普段テレビを殆ど見ないキララは元より、恵恋もそこまでテレビ視聴が好きではない。

 花梨は人並み程度にテレビは見るが、ワザワザ自室にある小型テレビを持って来てまで見たい番組も今年はなかったので、姉と友人に合わせて駄弁る方を選んだ。


 その結果、今時の女子中学生とは思えぬほど早い時間(おおよそ11時過ぎ)に3人は揃って就寝し、翌朝も7時前には目を覚ますことになった。


 いったん普段着に着替えたうえで、朝食の席で「明けましておめでとうございます」と新年の挨拶。

 そして、朝食後に、いよいよ晴れ着に着替えて初詣に赴くこととなる。


 キララは、白地に赤と緑と橙色で草花の模様が描かれた小振袖を着て、その上に紺色に近い濃紫色の女袴を履き、足元は焦茶色の編み上げショートブーツを着用。髪はあえて結わずに、リボンをヘアバンド風に巻いて後めで大きめの蝶結びにしている。


 一方、双子姉妹の姉・恵恋は、オーソドックスな赤い友禅小紋の振袖を着て、同じく友禅の袋帯をふくら雀にして結び、台が高めの草履を履いている。寒い時期なので、母の華蓮が和装用の白い襟巻も貸してくれた。


 対する妹の花梨は……。


 「花梨ちゃん、本当にお振袖は着ないの?」

 「うん。着物はキュークツなうえに寒そうだから、いいかな」


 残念そうな顔で尋ねる母に、あっさりそう答えるかりんの服装は、白黒モノトーンのニットのワンピース姿だ。

 上に羽織るコートも白に近いグレーで、巻いているマフラーは枯葉色なので、地味な色合いでまとめたのかと思いきや、足に履いた真っ赤なタイツの色が鮮烈に目立つ。


 「おねーちゃんもキララも和装だと動きにくいだろうし、ひとりくらい身軽な人がいてもいいでしょ」


 ──とは花梨の弁。そう聞くと、姉思い、友思いなようだが、その実、動きにくい着物を着たくないというのが本音だったりする。


 ともあれ、準備が出来た3人は、朝倉家の送迎用リムジン(なんてものがあるのだ!)で、最寄りの神社へと送ってもらった。


 元旦のまだ早い時間とあって予想したよりは少なめではあったが、境内は多くの参拝客でにぎわっている。

 それでも何とかはぐれることなく、参拝する拝殿前まで3人揃って無事にたどり着くことができた。


 賽銭を投げて鈴緒を引き、二礼二拍して暫し黙祷する。


  「「「……」」」


 最後に作法通り一礼して、キララたちは後続の人達に場所を譲った。


 「ねぇねぇ、おねーちゃんとキララは、何をお願いしたの?」

 「花梨ったら……願い事を聞くのは野暮ですし、マナー違反ですわよ」


 社務所前で甘酒を飲みながらの朝倉姉妹らしい掛け合いに、苦笑しつつ、あえてキララは自分から望みを明かした。


 「あはは、私は無難に家内安全と薙刀の上達をお願いしました」


 「おふたりは?」と視線で促すと姉妹は顔を見合わせる。


 「私も似たようなものですわね。無病息災と学業成就を」

 「えー、ふたりとも中学生にしては渋過ぎ! もっとこう若者らしいお願いをしようよ~。「恋人が出来ますように」とか「大会で優勝できますように」とかさぁ」

 「なるほど、花梨さんはそのふたつをお願いしたんですね」

 「花梨、そういうのは神様へのお願いではなく自力で達成すべきではなくて?」

 「ち、違う、たとえだよ、た・と・え!」


 そんな風に正月から友達とワイワイやっている自分達を、心の奥でどこか客観的に見つめながら、キララは頭の片隅で、先程告げなかったもうひとつの願い事──「“あの子”も幸せな来世を迎えられますように」を繰り返すのだった。

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