【17.年末年始を友人と(前篇)】

 今更だが、「逢坂聖神女学院中等部2年生である小野キララ」の、現在の明徒館に置ける立場は、少々複雑なものになっている。


 本来は、「新人メイド」のはずであり、また実際、通学前や帰宅後、さらに休日の手すきの際などに、屋敷の家事を率先して行っているのは事実だ。特に料理に関しては、伊野樹ミイラヴィオレッタバンシーもアテにできないため、キララの双肩にかかっていると言って良い。


 ただし、通学するにあたり、「中学校に通う2年の間は、メイドであることより学生としての立場を重んじること」、「対外的には、単なる使用人ではなく、館の主の養女として扱い、本人もそう振る舞うこと」という約束が、キララと養父あるじの間で交わされてもいる。

 そのため、メイドとしてのキララは現在“お休み”であり、時々「家事手伝い」の範疇で屋敷いえの中の雑事ことをしている──という建前なのだ。


 さて、以前、キララは手取り月給7万円ほどで、ローティーンの少女としてはプチお金持ちだ──と表現したことを覚えている方もいるだろうか。

 聖女に通っている現在は、「メイドとしての給料」の代りに「中学生としてのお小遣い」を養父から受け取っており、“月収”は半額以下の3万円に低下している(この額だって中学生の小遣いとしては破格だろう)。


 諸々の出ていくものと入ってくるものの差し引きを勘案した結果、キララが冬休みに入った時点で自由にできるお金は、貯金込みで50万円ほどだったりする。中学2年生の女の子として見ればかなりの額と言えるだろう。


 「──振袖と袴一式揃えるのに何とか足りる程度、ってところですか」


 いや、スマホで某大手通販サイトを覗いた限りでは、ポリエステルの安物であれば、帯・草履・和装下着込みで10万円もあれば揃えられないことはない。ないのだが……。


 「お友達と初詣に行くのに、コスプレ紛いの晴れ着はちょっと……」


 という複雑な乙女心があったりなかったり──どうやら、学院祭の和風喫茶で着た着物&袴という格好が存外気に入ったらしい。


 とりあえず通販頼みだけでなく、今度デパートのそういうコーナーも覗いてみようと心の中で決意するキララだったが、ふと冷静クールになって先程までの自分の言動を省みてみて、少し可笑しくなる。


 「ふふっ、“以前”の“僕”なんて、晴れ着どころか普段もロクにお洒落なんてしなかったのに、ね」


 親に完全寄生して殆ど自室からも出ない引き籠りニートと異なり、“半”ニートで、それなりに外出も(単発バイトだが)労働もしていたキララの前身たる青年だが、まっとうな社会人とも言い難かったため、手持ちの衣服の99%は、カジュアルを通り越してラフなものばかりだった。


 そのラフな私服も、見かけより着心地(あるいは安さ)重視で、たとえば女の子とのデートに着ていけるかというと「ちょっと……」と躊躇われるようなモノしかない(悲しいことにそういう機会は皆無だったが)。


 そういう出不精でぶしょうならぬ着不精きぶしょうだった自分が、いまや、ちょっと外出する際でも私服のコーディネートに全力投球し、晴れ着の購入に頭を悩ませるようになっているのだから、人生とは分からないものだ──とキララは苦笑する。


 (まぁ、自惚れ込みで言わせてもらえば、今の私の身体みかけが美少女だから、というのもあるのでしょうけれど)


 不細工ではないがイケメンとも言い難かった雲母青年と異なり、現在のキララは、道行く人100人中90人以上が確実に「可愛い」とか「美人」と形容するであろう黒髪の美少女だ。

 そういう外見のに、芋ジャージやダサいスウェットの上下なんかを着せるのは、彼女の“美意識おしゃれごごろ”が許さなかった。


 「いえ、ジャージやスウェットも、部屋着としては優秀なんですけどね」

 『──なにが優秀なのかしら、キララちゃん♪』


 ひとり言に応える者がいて、ちょっと焦るキララ。


 「へぁッ!?  あ……ヴィオレッタさんですか。脅かさないでください」

 『ウフ、驚かせちゃった? ゴメンなさいね』


 もっとも、今キララがいるのは、以前、主と遭遇したこともあるサンルームだ。自室でない以上、こっそり忍び寄られても文句は言えないだろう。

 そのことはキララも理解していたので、気を取り直して先輩メイドに話し掛けた。


 「実は今度、初詣に着ていくための振袖と袴を買おうと思うんです。デパートに現物を見に行くつもりなのですが、その前に読んでおくとよい参考資料とか、図書室にないでしょうか?」


 キララの質問に「う~ん」と視線を宙に向けてしばし考え込むヴィオレッタ。


 『そうねぇ。和服関連の資料本もないではないけどぉ──よければ、わたしがついて行ってあげましょうか?』

 「──はい?」


 完全に予想外な言葉を聞いて、キララは先程以上に硬直する。


 「えっと……まず第一に、ヴィオレッタさん、この家から出られるんですか? いえ、“出る”ことは可能かもしれませんが、その姿のまま人前に出られると、著しく不都合なのですが」

 『キララちゃんに見せたことはなかったけど、わたしだってちゃあんと実体化はできるのよ? 普段は魔力の消耗抑えるために半実体に留めているだけで』


 パチンとウィンクしたかと思うと、床から10センチばかりふわふわ浮かんでいた半透明のヴィオレッタの姿が、みるみる“現実感”を増し、10数えるか否かという間に、衣服ごと完全な実体をもって床の上にスタッと降り立った。


 「ほぉら、ね? もっとも、さっきも言った通り魔力を消耗するから、ずっと維持するのは、けっこう疲れるのだけれど」


 念話ではなく肉声で先輩メイドが話し掛けてくる。


 「ふわぁ……びっくりしました。なるほど、確かにその姿なら問題ありませんね。

 でも、イギリス生まれの妖精バンシーであるヴィオレッタさんに和服の良し悪しがわかるのかという疑問もあるのですが」

 「あら、見くびらないで頂戴。自分で着飾ることにはあまり興味はないけど、自分以外の女の子の着せ替えには、それなりに一家言あるんだから。

 それにそもそも、わたしがこの国に来たのは、明治・大正を通り越して、かれこれ200年近く前よ?」

 「200年前ってことは、江戸時代!?」


 なるほど、それは確かに、下手な爺婆よりも和服に詳しいと言っても嘘にはならないだろう。


 「あれ? でも、当時の日本って鎖国してたんじゃあ……」

 「その辺りは、ちょっと複雑でねぇ、機会があればお話してあげるわ。

 そうそう、女性が袴を着用するようになったのって、基本的に明治以降なのよ?」


 そんなこんなで、いつもの如く伊野樹にクルマを出してもらい、デパートの晴れ着コーナーへヴィオレッタと赴いたキララは、先達の助言を受けつつ無事にお眼鏡に適う振袖や袴を購入することができたのだった。

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