【14.部活と委員は学生時代の華】

 「小野キララ」が聖女に転入してから1週間の時が過ぎた。

 初日の放課後に行われた「転校生への質問の嵐」というお約束の洗礼は、仲良くなった朝倉姉妹がとり仕切ってくれたおかけで、なんとか無難に済ませることができたキララだったが……。


 こうしてクラスの一員となって丸1週が経つが、周囲のクラスメイトたちから少々“壁”のようなを感じることがあった。


 いじめられているとか、露骨に避けられているとかいう訳ではない。

 皆親切で、むしろ敬意をもって接してくれているような気はするのだが、同時にそれは“よそよそしい”とも言える。


 (転校してきたばかりですし、元々人付き合いの得意な方でもないから、仕方ないのかもしれませんが……)


 「あ~、それ、わかるような気もするなぁ。キララって、背丈はちっちゃいのに、なんか年上っぽいって言うか」 


 学食で一緒にお昼を食べている際、ついそんなことをポロッと漏らしてしまったところ、朝倉妹こと花梨が「わかるわ~」的な表情でうんうんと頷いている。


 「えっ!? 私、そんなに老けて見えます?」

 「いえいえ、決してそうではありませんわ。ただ、聡明で落ち着いてらっしゃるから“大人びて見える”というのが正解ではないかと」


 朝倉姉・恵恋がフォローしてくれたものの、キララとしては意外な言葉だった。

 “家”──明徒館では、実年齢面でも精神年齢面でも最年少であり、未だヒヨッコ扱いされている(同時に「皆の妹分」として可愛がられてもいたが)から、自分が「大人びている」という自覚がなかったのだ。


 もっとも、冷静に考えれば元二十代半ばで、半ニートとは言えアルバイトくらいは何度か経験しており、さらに今もメイドとして働いているのだ。

 親の完全な庇護下にあるであろう、このお嬢様学校の生徒たちと比べれば、精神的成熟度が違うのも無理はなかった。


 (これじゃあ「できるだけ友だちを作る」というミッションを果たすのは難しそうですね)


 主に提示された“女子校生生活を送ることの目的”のひとつを思い、キララは内心でちょっと溜息をつく。


 実のところ、主であり養父である彼──「小野秦広」と名乗る死神悪魔としては、ソレはあくまで方便で、学校に通う2年間ぐらいは、一介の女生徒としての暮らしを満喫してほしいという保護者心おやごごろだったのだが……。

 養父おやの心、養娘知らず。少なくとも今の段階では、彼女はそれに気付いていないようだ。


 「まぁまぁ、クラスの子たちとの仲は、時間をかければそのうち解決するんじゃない? 嫌われてるとか、侮られてるとかいうんじゃなさそーだし」

 「だといいのですけれど」


 まだ浮かぬ顔のキララを見て、恵恋が別方面のアプローチを提示してくれる。


 「キララさん、交遊関係を増やしたいのでしたら、クラブ活動などを試してみてはいかが? 聖女ウチの場合、中高合同の部活も多いですから、うまくすれば上下の学年の知人が一気に増えますわよ」

 「うん、おねーちゃんの言う通りかも。キララ、運動は割と得意でしょ?」

 「えぇ、確かに不得手ではありませんが……」


 日本の14歳女子の平均的な体格より、ふた回りほど小柄なキララだが、単純な身体能力面では、かなり秀でているといってよいだろう。

 筋力や瞬発力、持久力などは「健常な成人男性なみ」で、柔軟性や器用さは「小器用な女性なみ」。


 これは、彼女の身体が、元・二十代男性と死神悪魔の作った人形の融合体であることによるもので、両者の秀でている方の能力が表に出ているのだ。

 体力や頑健さについては両者の“和”となっており、時速60キロのクルマに跳ねられたぐらいなら、さしたるケガも負わない。


 キララが転入して以来、体育の授業は3回あり、そのうちの1回は体力測定だったので、一緒に計測した双子は彼女のその身体的能力の高さを知っているのだ。


 「ラケットとかでちょーっとお金はかかるけど、あたしのいるテニス部に入る? 初心者でも丁寧に教えてあげるわよ」

 「あら、それでしたらわたくしが所属しておりますバスケットボール部に興味はなくて? 背が低くとも突破力のあるPGがいると助かりますの」


 かたや花梨はテニス部2年生のトップ、恵恋の方はバスケ部の副キャプテンを務めているため、すかさずスカウトを試みる。


 「うーん、お誘いは嬉しいのですが、私、球技はちょっと苦手でして」


 キララの言葉に嘘はなく、素の身体能力自体が高くとも、運動神経あるいはスポーツのセンスまで高いとは限らないのだ。


 「お嬢様学校で聞くことではないかもしれませんが、聖女ここって武道系の部活はないんでしょうか?」


 これは、主の立場からして、もしかしたら自分も荒事に巻き込まれる可能性があることを警戒しての言葉だ。

 無論、中学の部活で空手や柔道などをかじったくらいで、実戦において使い物になるとはキララも思っていないが、それでも全く触れてないよりはいいだろう。


 「ありますわよ。弓道部と薙刀部、合気道部の3つですわね」

 「あと、ボクササイズ同好会ってのもあるけど、武道とはちょっと違うかな」


 入部の打診を断られたにも関わらず、あっさりそれらの情報を教えてくれるあたり、本当に朝倉姉妹は親切で気のいい子たちだった。


 「その3つでしたら──私、ちょっと薙刀に興味があります!」


 「凛々しく弓を引く黒髪の美少女」や「悪漢を軽やかに投げ飛ばす女の子」というのも魅力的な妄想イメージではあったが、モップを主武装(?)とするメイドとしては、やはり長物の扱いを学ぶのが本道だろう。

 そんな思考に至ったキララは、放課後、薙刀部の活動を見学したうえで、入部を決意する。


 屋敷じたくに帰ってから、“養父”たる秦広に「少しお金と時間が必要なのですが」と断ったうえで、薙刀部に入ってもよいか尋ねたところ、「無論、OK。むしろ推奨する」とまで言われて、キララは首を傾げた。

 挙句、「もしや、屋敷の戦力ないし留守居役になることを期待されてる!?」と見当違いな思考ことまで考えて、ちょっとプレッシャーを感じたりキララだったが……。

 秦広ちちの真意は、単純に“娘”に青春を謳歌してほしかっただけだったりする。


 コントかコメディのような、悲しくも(傍から見れば)愉快な擦れ違いであった。

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