【13.女三人寄れば(なお、その内ふたりは元……)】

 その日の朝のHRホームルームが終わった途端、キララの周囲にワッと2-Cのクラスメイトのたちが集まってきた。


 「ね、ね、小野さんって、どこから転校たの?」

 「髪、真っ直ぐで綺麗……シャンプー、何使ってるんですの?」

 「ちっちゃくて可愛いなぁ~、身長いくつ?」

 「部活はもう決めてる? 茶道に興味はないかな?」


 好奇心満々で次々に浴びせかけられる質問に、目を白黒させるキララ。


 「はいはい、皆さん、そんなにいっぺんに尋ねても、小野さんを混乱させてしまいますわよ!」

 「おねーちゃんの言う通りよ。みんな落ち着いてね」


 幸いというべきか、キララが座った席の両隣の子たち(顔立ちがよく似ているので双子かもしれない)が仕切ってくれたので、いったん騒ぎは納まる。


 「ごめんなさいね、皆が騒がしくて」

 「私学の聖女ウチに転入生が来ることって珍しいからねー」

 「いえいえ、気にしていませんよ」


 とりあえず双子(?)の提案で、キララへの“質問会”は昼休みまで持ち越されることになった。


 ふたりのおかげで、「小野キララ」のJC(女子中学生)デビューは──少なくとも本人が危惧していたのよりはずっと──スムーズに行われたと言えるだろう。


 ちなみに、「小野」という姓は、この逢坂聖神女学院に転入するにあたり、ちゃんとした“表”の戸籍が必要となったことから、あるじたる死神悪魔が確保してきたものだ。


 説得力を持たせるためのカバーストーリーとして「事故で両親を喪った少女が、遠縁の男性に養女として引き取られ、この街に引っ越して転校してきた」という設定も考案される。

 今朝がた、伊野樹がキララに「お嬢様」と付けていたのは、この“設定”を踏まえてのことだ。


 同時に養父役の死神悪魔は「小野秦広(おの・やすひろ)」という偽名を現世では名乗ることになった。

 ちなみに、“小野”は人間でありながら冥府の役人を務めていたという小野篁の伝承から、“秦広”は地獄にいる十人の王のひとり秦広王から取られているらしい。


 「確たる現世名を持つことはメリット・デメリットの両方があるのだが……まぁ、これもよい機会であろうしな」


 授業を真面目に受けつつ、“養父”が感慨深げにそう言っていたのをキララは頭の片隅で思い出していた。


 さて、養父に告げた通り、キララ……の基となった男性は、どちらかというと三流に近いレベルの二流大学ではあるが、一応、留年や落第もせずに卒業してはいる。

 とは言え、中学時代の記憶なんて遥か彼方だし、当時とは教科書も教師の教え方も異なるので、授業なんて聞かなくても満点連続・勉学無双──という訳にはいかないようだ。


 (そもそも私、そんなコトが出来るほど頭がよいわけでもないですしね)


 デフォルメされた猫のマークがプリントされたシャーペンでノートをとりながら、キララは微苦笑する。


 「(ねぇ、大丈夫? 授業について来れてる?)」


 その表情を誤解したのか、右の席に座っている子(朝の双子の片割れの気さくそうな方)が、小声で話し掛けてきた。


 「(ええ、問題ありません。先生の教え方もわかりやすいですし)」


 無視するのもどうかと思い、此方からも囁きを返す。


 「(そうなの? もしかして、前の学校の方が進んでたとか?)」

 「(えーと……はい、おおよそそんな感じです)」


 「実は大学卒です」とも言えないので、曖昧にお茶を濁しておくキララ。


 「(ふたりとも授業中の私語は慎みましょうね)」

 「(! すみません……)」

 「(はーい。相変わらず、おねーちゃんはお堅いなぁ)」


 左隣りの子(双子の気真面目そうな方)から、小声で注意が飛んできたので、ふたりはこれ以上の会話は止めておくことにした。


 そんなこんなで、国語・数学・理科・英語と1~4限目の授業を無難にやり過ごし、クラスメイトたち待望(?)の昼休みとなった。

 なったのだが……。


 「みんなごっめーん! 小野さん、初日で勝手がわからないだろうから、まずは学食に連れて行くわね」

 「それとも、もしかして、小野さん、お弁当ご持参されてますか?」

 「いえ、とりあえず初日は学食がどんなものか見せていただこうと思ってましたので。案内していただけるなら有難いです」


 両隣の双子の申し出を受け入れ、学食へと向かう。

 教室のブーイングに対しては、双子の姉らしき方が「6時間目終了後のホームルームで、質疑の時間を鹿取先生に作ってもらうようにします」と説得することで納まった。


 学生食堂は、教室を2×2繋げたほどの広さで、新築か改装かわからないが、校舎と比べると随分新しい印象の、カフェテリアめいた建物だった。

 双子に食券の券売機の使い方や、注文したフードの受け取り方などを説明してもらったのち、流れでそのまま一緒に昼食を摂ることになる。


 「そう言えば、名乗っておりませんでしたね。わたくしは朝倉恵恋(あさくら・えれん)と申します。2-Cの代表委員で、そちらの花梨(かりん)の姉ですわ」

 「あたしは朝倉花梨。恵恋おねーちゃんの妹……って言っても、双子だから同い年だけどね。委員補佐もやってるよ!」


 朝倉姉妹の自己紹介に、キララもキツネうどん定食(小盛りのキツネうどんに、炊き込みご飯の俵おにぎりひとつと、おひたしの小鉢がついたもの)を食べる箸を止めて、頭を下げる。


 「朝のHRでも挨拶しましたが──改めまして、小野キララです。田舎育ちで都会の流行に疎い部分が多々あると思いますので、色々教えてもらえるとうれしいです」


 その後、ゆっくりとお昼を食べながら、朝倉姉妹の漫才のような掛け合いにできる限り合いの手やツッコミ(?)を入れつつ、キララはふたりとの雑談を楽しんだ。


 (明るく元気だけど少々うかつな妹さんと、淑やかで真面目な委員長気質のお姉さん、ですか。ふたりとも裏表のない良い人みたいですし、お友達になれるとうれしいですね)


 この時キララが抱いた希望ねがいは程なく叶い、やがてふたりは彼女にとって親友とも言ってよい間柄になる。

 それはそれとして……。


 「差し当っては、6時限目後のHRをどう乗り切るか、ですね」


 思わず漏らしたキララの呟きを聞いて、ふたりが顔を見合わせる。


 「あ~、覚悟しておいた方がいいわよ。ウチのクラス、好奇心旺盛な子が多いし」

 「その知りたがり勢筆頭のアナタが言ってよい台詞ではありませんわね。小野さん、ご心配なく。あまりに皆がヒートアップするようでしたら、私がストップをかけますから」


 花梨いもうとの方はともかく、恵恋あねの方は心強いお言葉だった。


 「あはは、覚悟はしておきます。それと──「小野」じゃなくて「キララ」でよいですよ」

 「じゃあ、あたしのことも花梨で」

 「私も恵恋と呼んでくださいな」

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