【12.娑婆のJCライフは難しい?】
私立逢坂聖神女学院は、小・中・高・大の計16年教育で「日本の未来を支える女性を育てる」ことを謳う、いわゆる“お嬢様学校”だ。
偏差値的にはそれほど高くない。私学全体から見ても、せいぜい中の上といったところか。
反面、良妻賢母(の卵)を送り出す御嬢様学校としての伝統と格は、関東で五指、日本全体でもおそらく十指には入るだろう。
その聖女(逢坂聖神女学院の略称だ)の中・高等部の校舎がある伊世志間キャンパスの校門近くに、その日の朝、1台のクルマが止まった。
「……ではキララ…お嬢さん。お気を、つけて」
「送ってくださってありがとう、伊野樹さん。お手数おかけしますが、夕方もお願いしますね」
「……はい。では、17時に、また此処に」
運転手とそう会話を交わしてから、後部席に乗った人物がクルマを降りる。
丸襟の白い長袖ブラウスの上に、前身頃に6つ飾りボタンのついた濃紺のジャンパースカートを着用し、足には黒のオーバーニーソックスを履いた逢坂聖神女学院中等部の制服姿の少女は──言うまでもなく、明徒館の新人メイドたるキララだった。
今日から、この学校の中等部の2年生に編入するのだ。
時刻は午前7時過ぎで、一部の部活の朝練をする者たち以外、生徒の影はまだほとんど見当たらない。
(転校初日は色々説明すること等があるから、早く来いと言われてましたけど──ちょっと早すぎましたかね?)
ちなみに今朝のキララは、普段より1時間早い5時に起きてメイドとして主と自分と朝食の支度をし、朝食を摂り皿洗いまで済ませた後に、中学の制服に着替えるなど身だしなみを整えて此処に来ている。
かつての準ニート男性だった頃なら、5時どころか6時でも起きるのは至難の行だったろうが、今の身体になってからは、夜早めに寝ている(遅くとも午前零時過ぎには床に入っている)のと半分人間ではないお蔭か、多少の早起きは苦にならないのだ。
なお、キララ自身は極力「なんでもない、あたりまえのことですよ~」という顔をして家事にあたっていたが、実際には主たる死神悪魔や伊野樹たちには、「今日から学校♪」とテンションが上がっていることがバレバレであった。
ともあれ、校門自体は既に開いているようだし、突っ立っていても仕方ないので、キララはさっさと中に入ることにした。
校門脇の守衛室にいるガードマンに軽く会釈をして、聖女の敷地内に足を踏み入れる。
「確か、最初はまず職員室に顔を出せって言われてましたっけ」
幸い校舎の玄関口に案内板があったので、職員室の場所はすぐにわかる。1階の玄関から向かって左にすぐの場所のようだ。
キララは学生鞄といっしょに携帯していた紺色のサブバッグから、爪先と側面部がエンジ色のゴムで覆われた白の上履きを取り出し、履き替えた。
(特に悪い事したワケでもないのに、職員室って何気に心理的ハードル高いですねぇ)
“以前”の人生も加えれば、精神的には“いい大人”と呼んでもおかしくはないはずなのに、割と子供じみた感慨を抱きつつ、キララは職員室の扉を開けた。
生徒が登校する前の早い時間帯とはいえ、少なからぬ数の教師が職員室に既にいるようだ。
「失礼します。本日よりこちらの中等部に転入することになっております、小野キララです。鹿取先生はいらっしゃいますか?」
入り口でそう声をかけると、アッシュブラウンに染めた髪をシニョン風に結い上げ、シルバーアンダーリムの眼鏡をかけた二十代半ばから後半とおぼしき美人が、並んだデスクの一角で立ち上がった。
「あなたが転入生の小野さんですね。おはようこざいます。わたしが鹿取です。そして──逢坂聖神女学院へようこそ」
生徒相手でも丁寧な言葉遣いを崩さず、また、雰囲気や表情も、女らしい和かさと教師らしい真面目さを両立させている。
ピンストライプのレディススーツ姿もあいまって、鹿取教諭は、まさに「絵に描いたような理想の女教師」ともいえる人材に見えた。
「おはようございます、鹿取先生。早めにとのことでしたが、少し早過ぎたでしょうか?」
「いえ、大丈夫です。時間に余裕をもって行動するのはよい事だと思いますよ。こちらへ」
彼女に誘導され、職員室の隅の衝立で区切られた応接スペースで、キララは簡単なオリエンテーションのようなものを受けた。
「──おおよそこんなところですね。質問や相談はありますか?」
「いえ、大丈夫だと思います」
キララの言葉にニッコリ頷きつつ、鹿取教諭は腕時計をチラと見た。
「そろそろよい時間ですね。では、教室まで参りましょう」
「はい!」
いよいよだと思うと、無意識に語尾に力がこもってしまう。
「ふふっ……緊張することはありませんよ。
慈愛に満ちた表情から、彼女が自分の受け持ちの生徒たちに真心をもって接し、教育しているのだと分かる。
(久しぶりの学校生活で、少なくとも担任の先生はSSRを引きましたか──幸先はいいですね♪)
男性時代の小中高大全部合わせた16年間合わせても見たことが無いような「優しく有能でしかも美人な女教師」という存在に巡り合えたことを、神ならぬ主人(まぁ、一応死“神”悪魔だが)に、心の中で感謝するキララ。
「皆さん、おはようございます。すでに知っている方もおられるでしょうが、今日からウチのクラスに新しいお友だちが加わります──小野さん!」
いったん離れて教室の入口で待機していたキララに、鹿取教諭が教壇上からそう呼びかける。
教室内の30人を越す(外見上は)同世代の女生徒たちから、好奇心満々の視線を向けられ、ほんの一瞬だけ気後れのようなものは感じたものの、キララは腹をくくってそのまま鹿取の横まで歩み寄り、並んで立った。
「小野キララと申します。家庭の事情により、本日よりこちらの中等部に転入して参りました。不慣れなことも多いかと思いますので、皆さんに助けていただけると嬉しいです。よろしくお願いします」
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