【8.メイド少女の日常;休日の巻その2】
週の大半を屋敷内で過ごしている反動か、日曜は外出して過ごすことが多いキララだが、さすがに雨、それも本格的などしゃ降りの日までは、外に出ようとは思わない。
7月頭のまだ梅雨が明けきらない時季のこの週末も、そんな天気だったため、彼女は大人しく屋敷に残ることにした。
もっとも、屋敷に残る場合、「どうやって暇を潰すか」というのが最大の問題だったりするのだが。
テレビもケーブルテレビもなく、ラジオは古めかしい短波放送用ラジオが居間に一台あるのみ。
PCはかなり古めの国産デスクトップパソコンが主の書斎の隅に置いてあるが、滅多に使われることはなく、インターネットにもつながっていない。
もちろん、ケータイやスマホ、ゲーム機の類いも屋敷内には存在しない。電子機器関連について言えば、昭和60年代初頭で止まったような環境なのだ(一応黒電話はある)。
そんな環境でも、室内で手軽に堪能できる娯楽と言えば、やはり本だろう。
強いて言えばチェスと将棋くらいはあるのだが、生憎とキララはコマの動かし方や基本ルールくらいしか知らなかった。
屋敷に来た当初は遠慮していたものの、休日を館内で過ごすとなると、暇潰しの種がどうしても必要になり──また、最近は主ともいくらか打ち解けたこともあり、彼の許可を得て書庫に赴くようになっていた。
『あら、いらっしゃい、キララちゃん。今日はお外へはいかないの?』
あたかも肉声と錯覚するほどの明確な念話で話しかけてくる、紫のヴィクトリアンメイド風衣装を着た女性が、(一応)先輩格のメイドのバンシー、ヴィオレッタだ。
もっとも、滅多なことではこの書庫から出ず、読書と本の整理ばかりしているので、メイドというより司書といった方が正確なのだろうが。
「ええ、さすがにこの雨の中を出歩く気にはなれなかったものですから」
『この季節はイヤよね~、湿気は本の大敵なのに。ぷんぷん』
かみ合っているのかいないのか微妙な会話を交わしつつ、キララは興味を引かれる本を3冊ばかり選び出し、ヴィオレッタにことわってから借り受けた。
そのまま自室にこもろうか──と考えかけたところで、屋敷の一角、裏庭に面したほとんど人の来ないサンルームの存在を思い出し、足を運ぶ。
晴天の日は明るすぎて逆に読書には不向きなのだが、今日のような雨の日の昼間なら本を読むのにちょうどよい。
小さめの白いテーブルとセットになった木製のアームチェアに腰掛け、本のページをめくり、そこに書かれた世界へと没頭していく。
──コトン
どれくらい時間が経ったのか、不意にテーブルに缶コーヒーが置かれた音で、キララはふと我に返った。
「おや、気づいたか」
「! だ、旦那様!?」
すぐ傍らに、主である死神悪魔が立っていたことに焦るキララ。
「どうして此処に……」
「なに、今日は君が屋敷にいると聞いて、少し話をしたいと思ってね」
その缶コーヒーは“おごり”だ、とほんの僅かながら片頬に微笑のようなものを浮かべてみせる彼の様子に、キララはなぜか胸の奥がズキンと疼くような感覚を覚える。
この館での仕事に対する感想、同僚への印象、現在の待遇に不満はないか──などの主従関係がらみでの話を一通り終えたところで、ふと思いついてキララが主に質問する。
「その、お仕事とはまったく関係ないことなんですが、ひとつお聞きしてよいでしょうか?」
「何だ? 答えられることなら答えよう」
「はい、では──どうして、旦那様は、元の“俺”、雲母敏明とよく似たお姿をされているのですか?」
“彼”本来の容姿はもっと異なる、より非人間的な(それこそ悪魔めいた)姿だと、伊野樹やヴィオレッタからは聞いている。
「ああ、その事か。理由は主にふたつ。まず本性のままだと、初対面の君に恐がられ、悪印象を与える公算が高かった」
「それは……はい、わかります」
“裏”の世界と無縁だった
「で、人の姿を纏う際に、どうせなら対面する相手に近いほうが、相手も親しみやすいだろうと思ったことがひとつ。
もうひとつの目的は──“雲母敏明”としての要素の保管だな」
死神悪魔によれば、今ここにいるキララは、以前説明受けた通り、雲母敏明の肉体に特殊な冥途人形を融合させた結果だが、融合といっても実態は“上書き”に近いらしい。
なるほど、確かに言われてみれば、今のキララに敏明としての要素を感じさせる部分は(少なくとも外見的には)ほとんどない。
そのままでは、契約満了後、“彼女”が“彼”に戻る際、元の姿へと復元することが困難になるため、死神悪魔の人化の際のとる姿として逆に敏明のソレを上書き保存したらしい。
「そ、そんな! 私なんかのために……」
「“なんか”というのは止めたまえ。我は君の働きぶりを買っているし、実際、とても助かっている。それに思わぬ余禄もあったからな」
人ならざる身である死神悪魔は、本来、食事も睡眠も必要ないのだが、この(敏明似の)姿となってからは、逆にそのふたつを“楽しむ”ことができるようになったのだ──と、主はキララに告げる。
「君の作る食事は大変美味だし、毎日屋敷の環境をキチンと快適に整えてくれていることに、感謝しているのだ」
正面から向かい合い、手を握って、真っ直ぐな瞳でそう告げられては、キララは、嬉しさとそれを上回る恥ずかしさに、胸が高鳴り赤面するしかない。
(勘違いしちゃダメ! コレはたぶん、融合している少女(あのこ)の側の感情なんだから……)
そう自らに言い聞かせてはいるが、胸の動悸はしばらく収まらなかった。
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