【7.メイド少女の日常;平日の巻その2】

 キララが仕える死神悪魔は、普段の日中は“外回り”で屋敷にいないことが多い。


 死とか魔とかつく存在が昼日中に堂々と表を歩いてよいのか、と一度聞いてみたことがあるが、むしろ昼間が主の担当で、夜の死者や幽鬼には(神だか魔だかは知らないが)別の存在モノが当たっているらしい。


 「お前の言う通り、冥気を発する存在にとっては、闇夜こそが本領を発揮できる時間。ゆえに、それを担当する側も尋常でない力と技量を要求されるのだ」

 主いわく、自分は半人前や新人……とまでは言わずとも、せいぜいが中堅どころで、死神悪魔として熟達者の域にはまだ遠いのだとか。


 さて、そんな中堅格の死神悪魔であるかの主だが、実は組織的な構造としても中間管理職的な地位にあるらしく、月に何度かは屋敷の自室にこもって、“上”にあげる書類仕事に専念する事がある。

 そんな日は、キララも屋敷内の掃除などで騒がしくすることは極力避け、時間を銀食器磨きや裁縫などの仕事に充てるようにしていた。


 「あ! たいへん、もうこんな時間」

 ただ、敏明であった頃から割と凝り性かつ手先が器用で、そういうチマチマした作業を始めると尋常でない集中力を発揮する。

 基本的にはソレは仕事の出来などにはプラスに働くのだが、今日は刺繍に熱中していたため、とっくに夕飯の支度を始めておらねばならない時間になっていた。


 「申し訳ありません、旦那様。別の作業に没頭するあまり、晩餐が遅くなってしまいました」

 極力急いだものの、普段より1時間近く遅い時刻にしか夕食を用意できなかったキララは、主にの前でこうべを垂れる。


 「いや、これくらいは別に構わんが──キララが時間を間違えるのは珍しいな。何をしていたのかね?」

 「いえ、その……旦那様のハンケチに縫い取りを」

 「? 我の手巾に?」

 「はい。旦那様がお持ちのハンケチはすべて白一色の無地で、あまりに無味乾燥というか質素な印象を他の方に与えるかと思いましたので……あの、余計なことだったでしょうか?」


 恐る恐る主の様子をうかがうキララだったが、当の主の方は普段のいかめしい表情を僅かに緩めている。

 「──いや、構わぬ。むしろ気を回してくれたことに、礼を言うべきだろうな。ありがとう」

 「!」


 その後、夕食を食べ終えたのち、主の「どのような仕上がりか見せてほしい」という言葉に従い、今日刺繍した10枚ほどのハンケチをキララは書斎へと持参する。


 「所詮は私の拙い技量の成果ではあるのですが」

 「いやいや、なかなか見事なものだ。この花は水仙、こちらは柘榴かな?」

 「はい。西洋では、いずれも冥界と縁の深い植物とされている、と小耳にはさんだものですから」


 この日以降、それまで仕事ぶりは精勤ではあったものの、どこかよそよそしい雰囲気だったキララを、主がさりげなく話題を誘導することなどで、少しずつふたりの間に「単なる使用人とその雇用主」ではない会話が増えていくのだった。

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