【6.メイド少女の日常;休日の巻その1】

 キララが1年間の約束で仕えている主は死神悪魔(以後そう表現する)だが、だからといって、365日ずっと働かせるようなブラックな真似はしていない。

 さすがに週休2日ではないものの、日曜日は完全に休みだし、それ以外にも前々日まで申告していれば、月に1日好きな日に休んで良い言われている。


 また、最初目が覚めた時は、あたかも漆黒の異界にでも建てられているように思えた屋敷だが、それは単に夜だっただけで、朝になればごく普通の山中に建てられた洋館であることはわかった。


 もっとも、「人里離れた山の中」にあることも事実なので、ここから麓の街──敏明も名前くらいは聞いたことがある某地方都市に出るには、徒歩だと女の子の足で2時間以上かかることは間違いない。

 つまり、休日だからと気軽に外に遊びに行ける環境ではないのだ。


 しかしながら、もう少し早く外に出る手段がないわけでもない。


 「いつもすみません、伊野樹(いのき)さん」

 メタリックネイビーに塗られた屋敷のクルマ(少し古めのカローラ)の後部席に座りつつ、キララは今日の運転手を務めてくれる人物に礼を言う。


 「……ついで、だ……気にすることは、ない」

 ドライバーズシートでハンドルを握る伊野樹と呼ばれた人物の口から、くぐもった声が漏れる。

 長身痩躯──というと聞こえはよいが、ガリガリに痩せた、不健康そうな男性だ。


 しかも、手には白手袋をつけ、顔から首にかけても包帯で覆っているため、あたかもミイラ男のような様相だった。

 否、「ような」ではなく、本当に木乃伊マミーであり、埋葬された後にとある経緯で魂がさ迷っていたところを、死神悪魔に救われ、以来、彼を主として仕えているのだ。


 そんなのを一般社会おもてに出して大丈夫なのか、と思われるかもしれないが……。

 このミイラ男以外だと、不完全にしか実体化できない泣女霊バンシーのメイド(一応キララの先輩だ)と、キョンシーの下男ぐらいしか、あの屋敷にはいないのだ。

 前者はもちろん後者も、しゃべれないうえに、動作がいろいろ不自然なので、消去法で伊野樹以外、外に出るワケにはいかない。


 屋敷の必要物資は基本、特殊な配送ルートで届けられるのだが、それだけでは補いきれないものを、伊野樹が週末にクルマで買い出しに出かける慣習になっており、キララはそれに便乗させてもらっている、というわけだ。


 「……では……また、午後四時に……」

 「はい、お手数おかけしますが、よろしくお願いします」


 山のふもとから一番近い電車の駅前でキララを下ろし、カローラは走り去って行った。


 「さて、今日は何をしましょうか」

 手近な店のウィンドーに映った自分の姿で、髪型や服装に見苦しい乱れがないかチェックしながら、思案するキララ。


 ちなみに、今日の彼女の服装は、いつものメイド服姿ではもちろんなく、蒼い更紗の半袖ワンピースの上から、ベージュのサマーカーディガンを羽織っている。

 足元はアンクルカットの編み上げショートブーツと、膝丈の黒ストッキング。

 長い髪は後ろで大きめの三つ編みにしたうえで、先端近くを臙脂色のリボンで結わえ、頭には白いバスクベレーをかぶっている。


 最新の流行からは少々外れているが、清楚可憐で外見年齢の12歳よりやや大人っぽい雰囲気だ。

 これだけの美少女がひとりで歩いていると、よからぬ思惑の野郎共が近寄ってきそうなものだが、主から貸与された「極限まで気配を薄くするペンダント」のおかげか、幸いそういった輩に目をつけられたことはない。


 「季節的に、もうちょっと涼しげな私服も揃えておきましょうか。確か、駅前近くにファッションビルがあったはずですね」

 今日の目標が決まったところで、肩から斜めにかけたレザーポシェットにきちんと財布が入っていることを確かめてから、キララは歩き出した。


 ちなみに月給は手取り7万円だが、屋敷に住み込みかつ3食まかない付きなので、あまり使い道がないため、(外見上)同世代の女子中学生と比べると、彼女はちょっとした小金持ちだ。

 どの道、外出して街に来られるはせいぜい週一なので、こういう時は、思い切って羽を伸ばすことにしている。


 目当てのビルに着くまでの道のりでも、本屋や小物ショップなど気になる店があれば立ち寄り、文庫本とコミックスを1冊ずつと、猫のシルエットを象ったメモ帳などを購入する。


 テナントの8割程がファッション・アパレル関係の店で占められている駅前ビルに入ると、とりあえずは当面の目的である夏向けの衣類を探す。

 好都合なことに、ちょうど5階の催し物会場で夏物特集をやっていたため、欲しいものを簡単にそろえることができた。

 今日買ったのは、半袖のブラウスとデニムのミニスカート、涼しげなサンドレス風ワンピースと、キャミソールなどのアンダーウェアを何点か。


 「できれば新しい靴も揃えておきかったのですけれど、さすがに持てませんか」

 ビル内の大衆イタリアンの店でランチにパスタを食べながら、傍らに置いた買い物袋を眺めつつ、少しだけ残念そうに呟く。

 本人は気付いていないが、最近、仕草や口調はもとより、趣味嗜好にいたるまで、だいぶ「あの娘」の側の影響を受けているようだ。


 その後、アクセサリーやコスメの店を冷やかしたり、ゲーセンでぬいぐるみのキャッチャーに挑戦したり、喫茶店で少しお高めのフルーツパフェを頼んだりと休日を満喫したのち、キララは屋敷へと戻るのだった。

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