【5.メイド少女の日常;平日の巻その1】

──ジリリリリ!!(パシッ!)…………


 70年代の学園物マンガにでも出て来そうな、ちょっとクラシカルなデザインの目覚まし時計が鳴り始めるのとほぼと同時に、ベッドの中から伸びた小さな手がボタンを押して止める。


 「ふわぁ~もう、時間ですか……起きないと」

 その声音に多少は眠気が残ってはいるようだが、意識自体キチンと覚醒しているようだ。

 ベッドの上に起き上がったのは、白い木綿の寝間着を着た娘──そう、元・敏明で現在この館のメイドをしている少女だ。


 “彼女”があの死神(?)の男と約束けいやくを交わしてから、すでにひと月あまりの時が流れていた。


 当初は、いくら「身体が勝手にメイドとして最適な行動をとる」とは言え、色々と慣れないコトに戸惑ったり、予想外の出来事に慌てたりしたものだが、1ヵ月も経てばそれなりに順応して余裕もできてくる。


 窓から射し込む朝焼けの光の中、手早くいつものメイド服に着替えた少女は、厨房へと足を運び、朝食の準備を始めた。


 ちなみに、この屋敷の“まともな”使用人は彼女ひとりであり、また主人(=例の死神)からも言われているので、食事は彼と自身のふたり分まとめて同じものを用意するようにしている。


 今朝のメニューは──ホウレンソウを主体にしたグリーンサラダとふわふわのチーズオムレツ、昨日配達で届けられた山型ホワイトブレッドの両面トーストと、ホットミルク(主人はコーヒー)だ。

 敏明だった頃は“彼”もコーヒーをそれなりに好んでいたはずなのだが、変化した今の体は子供舌なのかコーヒーの苦みを受け付けず、やむなくミルクかミルクティー派へと転向していた。


 「おはよう──待たせたかね」

 「おはようございます、旦那様。いえ、ちょうど今、トーストが焼き上がったところです。すぐにコーヒーを淹れさせていただきます」


 背広を着ればすぐさま仕事に出られる格好をした主人がダイニングテーブルにつき、淹れたてのコーヒーを給仕する。


 多弁ではないが無言でもない程度の頻度で彼女とポツポツと会話を交わしつつ、マナーに沿った所作で朝食を食べ終え、主人はカバンや上着をとるために自室へと戻っていった。


 その間に手早く食器類を台所へと運び、“彼女”はそのまま玄関へと向かう。


 「毎度わざわざ見送ることもない、とは言ってあるだろうに。手間だろう、“キララ”?」

 「いえ、お出かけになる旦那様をお見送りするのも、使用人の務めですから。お気になさらないでください」

 僅かに苦笑を浮かべる主人に対し、真面目くさった顔でそう応える少女メイド。


 ちなみに“彼女”の呼び名については……。


 「その姿でトシアキは似合わないな。だが、キララという名はいい。その響きが実に君に合っている」


 ……という、どこぞの弓兵か銀河皇帝主従を連想させるようなやりとりの末に決まったと言う経緯があったりなかったり。


 「では、いってらっしゃいませ、旦那様」

 「うむ、行ってくる。帰りはいつも通りだ。家のことは任せたよ、キララ」

 「はい、承りました」


 屋敷の玄関前に立ち深々と頭を下げるキララに対して、軽く手をあげると、主人は門扉を出て、宙に浮いた「漆黒の空間(としか言えないモノ)」へと入って行った。


 (ワープゲートとか“ス●マ”みたいなものなのかなぁ)

 普通なら常識を疑いそうな光景だが、毎日となれば流石に慣れる。

 ──そもそも、主人が「死神っぽい悪魔的存在」で、自分自身も現在進行形で「少女の魂を宿した人形と融合して、少女メイドになっている」のだから、常識云々は今さらだろう。


 「………今日はいい天気なので、洗濯日和ですね」

 深く考えることを止めたキララは、そのままメイドとしての仕事について思考を向けるのだった。

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