【4.種明】

 部屋から出た場所は(先程“敏明”が思った通りに)お屋敷、それも少し古めの洋館と呼ぶべき造りの建物だった。


 (なんでだろう、初めて来る場所のはずなのに……なんとなく造りがわかるかも)


 不思議な感覚に首を傾げつつ、それでも屋敷の一番奥にある主人の書斎兼仕事部屋を目指す。

 目当ての場所の前まで来たところで、軽く深呼吸してから、“敏明”はコンコンと扉をノックした。


 「──入りなさい」

 どこかで聞いたような声に促され、ドアを開けて部屋の中に入ると、部屋の奥の窓際に、ひとりの男性が立っているのが見えた。

 入ってすぐは、ちょうど朝陽が逆光になって顔がよく見えなかったが、しばらくすると目が慣れたのか、相手の顔がわかるようになった──のだが。


 「え!? そ、そんな……」

 仕立ての良い英国紳士風のスーツに身を包んだその男性の顔は、雲母敏明自身と瓜二つに見えたのだ。

 いや、よく見れば20代前半の敏明よりは5歳ほど年かさで、30歳前後のようだ。

 しかし、年齢を除けばそっくりだという点には間違いはなかった。


 「あ、貴方は誰、ですか?」

 反射的に「あんた誰だよ!?」と詰問するつもりだった──にも関わらず、メイド少女の口から出たのは、いまひとつ自信なさげなそんな言葉だった。

 どういうワケか、この男性の前では「乱暴/粗野な言葉遣いをしてはいけない」ような気がするのだ。


 「ふむ。その口ぶりからすると、おおよそ問題なく「定着」しているようだね」


 少女メイドの身体を、まるで魂までも見透かすような視線でしばし眺めていた男性は、窓際から応接セットの前へと移動し、ソファの片方に腰を下ろすと、ローテーブルを挟んで反対側のソファに座るよう促した。


 (「自分なんか」がこんなトコロに座っていいのか)

 そんな正体不明の躊躇いを一瞬感じたものの、あえてソレをふりきり、ソファにちょこんと腰掛ける。


 “彼女”が話を聞く体勢になったのを確認してから、男性は再び口を開いた。

 「ではまず、今君が疑問に思っているだろう現状について説明しよう」


 男性の言葉を信じるなら、この男性は一般的には死神──というよりは悪魔に近い存在であり、あの夢の中で見たメイド少女が死ぬ直前に、少女と“契約”を交わしたらしい。

 契約内容は、少女にメイドとしての暮らしを全うさせること。ただ、契約を結んだ段階で既に少女の身体は回復不可能なほどの損傷を負っており、そのままでは契約のぞみの履行が不可能だったらしい。


 「とりあえずの仮初の器として傀儡の体を与えた後、少女の魂と波長の合う人物を探していたのだ」

 「それが私、というわけですか」

 流石に話の流れから、敏明にもその程度の想像はついた。


 「然り。君の協力を得られるなら、我は契約を履行でき、少女は望みを叶えることができる。無論、君にも“報酬”としての対価は渡そう」

 「報酬、ですか?」

 「うむ。君は──勤め先を捜しているのではないかな? それも「快適で自分の能力を十全に活かせる働きがいのある」職場を」

 「!」


 正解だった。これがお金や物なら、余程の代物でなければ敏明は惹かれなかっただろうが、「条件の良い定職」はまさに彼がここ数年切望しているものにほかならなかった。


 「少女の願いを叶える期間は1年間だ。1年間、君は少女に身体を“貸す”ことになる。と言っても、メイドとしての業務以外では、君の意思が優先されるから、それほど不自由はないだろう」

 男の説明によれば、今の敏明の身体にはあのメイド人形ごと少女の魂が同化・融合し、体内に魂がふたつある状態らしい。


 「1年後に少女が満足して“逝ける”ように協力してくれれれば、その後、君に先ほど言った報酬を用意しよう」

 敏明自身の家族には「敏明は1年間、国外で出稼ぎを兼ねた旅行をしている」という暗示をかけてくれるので、騒ぎになることはないらしい。


 ここまでお膳立てを整えられて「NO」と言えるほど敏明は心臓が強くないし、実際夢の中で見たメイド少女には好感を抱いていたので、「あの子の最期の望みなら叶えてあげたい」と感じているのも事実だ。


 「わかりました。私でよければ協力します」


 ──こうして、敏明は、死神兼悪魔を名乗る男のもとで、1年間、少女メイドとして働くことになったのだ。

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