【3.招致】

 翌朝起きた時も、その夢の中の一年間あまりのことは、敏明もしっかり覚えていた。

 ベッドの上で半身を起こしながら、首を傾げる。


 「んー、なんかヘンな夢みたなぁ……ってアレ?」


 “ベッドの中で”目を覚ましたことに違和感を覚える敏明。

 祖父の代に建てられた雲母家の敏明の部屋は和室で、彼は普段畳の上に布団を敷いて寝ているからだ。


 いや、よく見てみれば、ベッドだけでなく部屋自体が見慣れぬ──しかし、どこかで見た気もする、自室とはまるで異なる場所になっていた。


 本来の敏明の部屋も江戸間の六畳でさして大きいわけでもなかったが、今いるこの部屋は2メートル半四方ほどで、二回りは小さい。

 部屋の造り自体は洋室のようだが、木製の床がむきだしで、壁紙も白を基調にした簡素なものだ。


 家具類も、部屋の3分の1程度を占めるベッドを除くと、高さ1メートルほどの箪笥らしきもの入れと、幅50センチほどの小さな木製の机。その前に置かれた簡素な木の椅子くらいのようだ。


 そして何より驚かされたのは、敏明もよく見知った衣装──臙脂色のメイド服が、ハンガーに掛けて壁のフックから吊るされていたことだった。


 「あ、あれは、夢で“あの子”が着ていた……!?」

 そう口にした瞬間、自らの声が昨日までと全く異なるか細く可憐な声音になっていることに気づいた。


 「え?」

 ハッとして視線を下に落せば、今自分が着ているのは、簡素なワンピース状の生成り木綿の寝間着だ。

 体つき自体もそれに見合って華奢になっているし、咄嗟に持ち上げた両掌も昨日まで目にしていたそれと比べてふた回りは小さい──そう、まるで年端もいかない女の子のように。


 「うそ……」

 軽く頬をつねってみるが、確かに痛みを感じるし、何よりすべすべした肌の感触自体が、本来の自分とは違い過ぎた。どうやらまだ夢の中ということはなさそうだ。


 意を決してベッドから降り、ベッドサイドに置いてあった赤いスリッパに素足を突っ込むと、敏明(もしくは自分を“そう”認識している人物)は、手櫛で髪をかき上げながら机の隅に置かれた鏡を覗き込む。

 ──本人は気付いていないが、半ば無意識に行われたその行為は、「まるで何がどこにあるかわかっているかのように」妙に手慣れた仕草だった。


 「! や、やっぱり……」

 先程から、どこか予想していた通り、鏡に映る彼の顔は女性、それも昨日拾って来たあの少女人形を彷彿とさせる幼いが整った顔立ちへと変化していたのだ。


 ──いや、そもそもこれは「変化」なのだろうか?

 自分の部屋で目覚めて“そう”なっていたら確かに寝ている間に自分の身体が変化したという公算が強いが、今、“彼女”がいるのは自室とまるで異なる場所だ。

 誘拐されて少女の身体に脳移植されたとか、あるいはオカルトな話だが、睡眠中に幽体離脱した魂が、この娘の身体に憑依してしまった──という方が、むしろありそうな話ではないだろうか?


 もしそうだとしても、今の自分とあの人形との関係が気になるところだ。これだけ顔が似ているのだから、よもや無関係ということはないだろう。

 脳移植にせよ憑依にせよ、この(今の自分の身体となっている)少女をモデルに、あの人形は作られたのかもしれない。

 だとしても、人形を拾っただけの自分が、どうして(現在進行形で)“こんなこと”になっているのかまでは、どうにもわからない。


 「マンガとかラノベとかだと、あの人形に魔術的なトラップが仕掛けてあって、アレに触った者が、魂がないカラッポのこの身体に飛ばされる仕組みになってたとかいうネタがありそうだけど……」


 「まさかねー」と思いつつ、現状では否定できない──どころか、むしろそれなら巧く説明できてしまうあたりが恐い。


 いずれにせよ、このままこの部屋でぐたぐだしていても、事態の進展はないだろう。


 「仕方ない、か」

 とにもかくにもこの部屋から出て“お屋敷”の中を探索してみようと決める。


 某ハイジが着ていたようなシンプルな貫頭衣風の寝間着を脱いで、「箪笥の一番下の段から、白無地のシュミーズを取り出して」着替える。

 ベッドに腰掛けて、「黒いストッキングに足を通し」、ベッド脇に置かれたアンクルストラップタイプのフラットパンプスに履き替える。

 「なんの躊躇いもなく」壁のハンガーから外したメイド服を手に取ると、頭からかぶって袖を通し、「器用に背中のボタンを留め」、レースの多いエプロンの紐を腰の後ろで締める。


 「一応、髪の毛も“ちゃんと”しておいたほうがいい、かな?」

 鏡を覗き込みながら、「手慣れた仕草で」寝乱れた黒髪を軽く櫛で梳く。真っ直ぐな髪質のおかげか、殆ど抵抗感なくスーッと櫛が通るのが救いだ。


 最後にメイドの象徴ともいうべきホワイトブリムを頭に着け、念のため鏡で服装チェックして、「いつもと変わりがない」ことを確かめると、“少女”の姿をした敏明は、思い切ってドアを開け、部屋を出て行った。

 ──自分が、如何に「異常な」、あるいは「普通過ぎる」行動をとったかに気付くことなく。

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