閑話休題なオッパイ

 どうにかこうにかヒルダ料理長を説得し、ホットワインのレシピを伝えるだけで午前中は終わってしまった。

 気の進まない昼食の後は、図書室だ。

 エロース女王の許可のもと、俺は図書室を自由に出入りする権限を獲得した。

 文字は……読める。ご都合主義だなとも思うが、そもそも転移してきた時点で言語を理解することができたのだ。文字が読めないはずがないよな、とも思う。

 図書室に来た目的は、この国の井戸に関する資料だ。

 必ずどこかにあるはずなんだけどな、さっきから探しているんだけどなかなか見つからない。

「あまり根を詰めすぎないほうがよろしいのではないですか?」

 俺に付き合って図書室で一緒に資料を探しながら、ステラさんが言う。

「そうですね」

 上の空で俺は返した。

 本音を言えば三日で準備ができるわけがなかったが、いつまでも井戸掘りを中断するわけにはいかない。

 俺自身のためにも。

 ホットワインにすることでワインの渋みは消えたけれど、それでも俺は、水が飲みたい。風呂に浸かりたいし、洗濯もしたい。

 そうだ。俺は……俺は、現代日本の文化的な生活をしたいんだ!

「……ま……さ、ま……ユーチ様、大丈夫ですか?」

 一瞬俺は、本棚の前に立ったまま寝入っていたらしい。

 ステラさんが心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。

「本を……」

「本はおしまい。しばらく休憩しましょう、ユーチ様」

 そう告げるとステラさんは俺の手を取って、図書室の片隅に連れて行く。

「さあ、座って」

 穏やかな声に引き寄せられるようにしてベンチに腰を下ろすと、すぐにステラさんの腕が俺の肩に回され、そのまぐい、と引き寄せられる。トン、とステラさんのか細い肩にもたれると、甘い花のような香りが鼻先をくすぐる。

「しばらくお休みください」

 そう言うと彼女は俺の頭を自らの膝に押し付けようとする。

「あの、ステラさん?」

 言いかけた俺の唇に、細い指が這う。

「しーっ」

 ステラさんはもう片方の手で俺の目を塞いだ。

「良い子はお昼寝の時間です。さあ、目を閉じてください」

 耳障りの良い穏やかな声のおかげか、俺は素直に目を閉じることが出来た。

 膝枕をしてもらうなんて、随分と久しぶりのような気がする。元カノと別れて以来だから、えーと……

「ユーチ様。今、どなたのことを考えてらっしゃるのですか?」

 元カノの……こと?

「他の方のことを考えておられるのですね」

 薄目を開けてちらりと見ると、ほっそりとした指の間から少しむくれたような表情でステラさんが俺を軽く睨み付けてきていた。

 下から眺めるオッパイの景色が絶景で、俺はうっとりと微笑む。

「ステラさんのことしか考えてませんよ」

 そう返すと、彼女の手をやんわりと握りしめる。

「良い子は夢の中で悪戯っ子になることもあるって知ってました?」

「あら、どんな悪戯をするのかしら」

 手を握られても嫌がる素振りは感じられない。俺はそのまま彼女の手を引く。

 ゆっくりと顔がさがってきて、俺の唇にステラさんのやわらかな唇が重なる。

「……っ、ん」

 甘い、甘い香りはステラさんの香りだ。

 おそるおそる唇を割り、舌を差し込んでみる。

 くちゅっ、と音がして、滑らかな舌がすぐに絡みついてくる。

「ユーチ、様……」

 頬に押し付けられるオッパイが、心地いい。手を動かしてそっとオッパイに触れてみた。張りのある美乳だなと思う。わずかに立ち上がった乳首がいじらしくて、こりこりと爪で引っかいてみる。

「ん、ぁ……」

 声も、いい。

 そのままキスを繰り返していると、ドアが開き、誰かが図書室に入って来るのが感じられた。

 ステラさんの顔がそっと離れていき、俺は寝たふりをする。

「ステラ、ここにいたのね」

 ステラさんの声と似た声が、入り口のほうからした。

「まあ、ミラ。戻ってたのね」

 ステラさんが身じろぐと、オッパイがぎゅむっ、と俺の頬に押し当てられる。

「さっき帰ったところ。それより、王城では噂でもちきりよ。異世界から転移してきた客人をクリス団長以下数名が独り占めしてるって」

「しーっ。今、眠ってらっしゃるところなの」

「へえ……この人が?」

 カツカツと靴音がして、俺たちのほうへミラという娘が近付いてくるのが感じられる。

「色々あって、疲れてらっしゃるのよ」

 ステラさんの言葉に、ミラは「ふぅん」と生返事をした。

「普通の男と変わらないのね」

「そうね、普通の男の人よ」

「マイウスに少し……似てるね」

「そうかしら?」

「似てるわよ。だからステラも膝枕するぐらい構っちゃうんでしょう?」

 マイウスって、誰だ?

「だから、それは……」

 言い訳をするステラさんの歯切れの悪さから、俺に膝枕をしていることに対してやましい気持を持っていることがわかる。

「ねえ、起きてるんでしょう、君」

 つん、と胸の真ん中をつつかれ、俺は観念して目を開ける。

「……やあ。ステラのそっくりさん」

 目を開けて、少しだけ驚いた。

 声が似てるなと思っていたが、見た目もステラとミラはそっくりだった。

 ステラは腰までの黒いストレートのロングヘアー。一方のミラは、髪型が肩までのセミロングだ。顔がそっくりだから、髪型が同じだったら見分けがつかないところだった。

「初めまして、転移者のお方。私はステラの双子の姉、ミラ・ミルティスよ」

 どうりでそっくりなわけだ。双子なだけあって何もかもがそっくりだ。

「驚いたでしょう、女ばかりの国で」

 性格のほうは、ステラのほうがおとなしいように思える。

「でも、後宮には男がいますよね」

「ああ……だってあれは愛人たちだから」

 女王が生き残った男たちを独り占めしていることがミラは気に食わないらしい。

「私は、ステラのようにたった一人の男に操を捧げるなんてお堅いタイプじゃないわよ?」

「ちょっと、ミラ」

 ステラは刺々しい口調で止めようとするが、ミラは聞かなかった。

「だってそうでしょう。生き残った恋人が女王の愛人に召し上げられて毎日毎晩、乱交を繰り返しているのに……そんな男のために貞節を守るなんて、私には無理」

 本当かどうかは知らないけれど、愛人というからにはやはり、女王とそういうことをしているのだろう。

「そんなふうに言わないで、ミラ。マイウスは女王の命令で後宮に入ったのよ。お務めがあるのはわかっていたことだわ」

 抑え気味の声で、ステラさんが返す。ステラさんにとってもこの状況は苦しい選択だったのだろう、きっと。

「ねえ、転移者さん。私たちと寝てみない?」

「ちょっと、ミラ!」

 慌ててステラさんが声をかけるが、ミラの言葉は止まらない。

「私もステラも、恋人がいなくなって五年も一人寝が続いているの。一晩ぐらい、開放的になってみたい夜だってあるの、あなただってわかるでしょう?」

 そりゃあ、まあ……人間皆すべてが永遠に禁欲的に生きていかなきゃならん状況に陥れば、わからなくもないかな。

「二人一緒に?」

 俺は身を起こし、尋ねた。ステラさんの膝枕、名残惜しい。

「もちろん、二人一緒に。悪に堕ちる時、双子は常に共に堕ちるものなのよ」

 そう言ってミラはニヤッと笑った。

 どういう意味だろう。

「ステラさんは、それでいいんですか?」

 俺が聞くと、ステラさんはためらうようにミラのほうへ視線を向ける。

「いいのよ。私たち双子は、いつも同じ人を好きになってきた。最初に抱かれる時は必ず一緒に寝床に入るのが私たちのやり方なの」

 当然のようにミラが宣言する。

 どんな言い訳よりも説得力のある言葉に、俺は何も反論することが出来ない。

 ああ……俺、これからこの二人の美女に食べられちゃうんだな……。

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