ワインにスパイス

 騎士団の会議室に集まったのは、俺とクリス団長、ステラさん。それに、騎士団の財政を預かるラウラ・アルトマンだ。

 ラウラは野暮ったい眼鏡をかけていた。どんな瓶底かと思うような分厚いレンズに、優しい笑み。修道女のような衣服を身に着けた貧乳ひんぬーちゃんだ。悪い人ではないのだが、いかんせん見た目が……。

 いやいや、人は見かけで判断しちゃあいけないと、田舎のばーちゃんが言っていた。

 必要な資材の調達は後でラウラに任せることにして、俺はクリス団長とこの先の予定について話を詰めていく。

 まずは、キャットのような体力腕力共に有り余る騎士をリストアップしてもらい、次に鍛冶屋を紹介してもらう。井戸を掘るための工具で調達できないものは、作ってもらうことにする。

 これまで井戸掘りは男が従事していたものの、このエロイ国では五年前から男がほとんどいないのだ。同時に、井戸掘りの知識がないままに騎士団で何とか井戸を掘ろうとしていたことを考えると、そもそもこのお姉さんたちに井戸を掘ることは不可能かと思われた。

「ところで、井戸掘りに関する資料なんかは……」

「ありません」

 クリス団長が即答するのに、俺はうんうん、と心の中で頷く。

 そうだろう、そうだろう。

 いや、井戸掘り職人の手元には資料が残っているだろうが、どこにあるのかがまずわからない。探せばいいのだろうが、手間がかかりそうだ。

 だったら、俺の漠とした知識で作業を開始したほうが手っ取り早いだろう。

「あー……じゃあ、いいです。俺がテキトーに……」

 モニョモニョと言葉を誤魔化し、俺はこの件は自分が片付けることにする。

 ところで、だ。

 後宮に入っている男たちに話を聞くことはできるのだろうか。どうして彼らだけが生き残ることが出来たのか、どうして彼らには毒が効かなかったのか。はたまた毒から逃れることができたのか。クリス団長に尋ねると、後宮に入れば話を聞くことが出来るだろうと言われた。

 、と。

 エロース女王が喜ぶこと間違いなしだ。

「あ、それもいいです」

 この件も後回しだ。

 今はとりあえず、安心安全な水の確保が先だ。

 それと、それまでの間、俺が口にすることになるワインとエールの改良だろうか。

 クリス団長との会議の後は、ステラさんに厨房へ連れて行ってもらった。

 いくら元・女王専属料理人が騎士たちの賄いを作っているにしても、飲み物として提供されるワインは渋みが強くて不味すぎる。エールにしても苦すぎるし、どちらも飲めたものじゃない。

 ステラさんが声をかけると、まるでスイカのようなオッパイをたゆん、たゆん、と揺らしてグラマラスなお姉さんが厨房から出てきた。

「厨房を任されている料理長のヒルダです」

 クリス団長よりもキャットよりも大きくて張りのあるオッパ……いやいや、それは今はどうでもいいことだ。

「あの、ユーチです」

 人の口は軽い。異世界からやってきた男という触れ込みは既に城中に広まっているようだ。名前を告げるだけでああ、という顔をされるから挨拶の手間が省けてよろしい。細かいことを長々と話す必要もなく、ヒルダ料理長は「私の作る料理に何かありましたか」と尋ねてきた。

「俺、ワインもエールも苦手なんだけど……何か別のものはない?」

 牛乳とか、オレンジジュースとか、コーヒーとか色々あると思うんだけど、なんでワインとエールなんだろう。

「国内ではどれも生産が追い付いておりません。王城に納められたものの中から余裕のあるものをこちらの厨房で使っているので……」

 オルタ国に目を付けられて以来、他国との貿易は細々としたものになり、自国での生産を強いられている。足りないものが多く、また国力も最盛期の半分ほどしか保持できていないということをステラさんが耳打ちしてくる。

「あ……ええと、じゃあ、ワインだけでも何とか」

「だから無理です。生産者も減ってしまい、手に入るものの質が……」

「でもワインやエールが苦手な人もいますよね。その人たちはどうしているんですか」

 俺はワインもエールも苦手だ。だから、できたら水が飲みたい。ただ、水が手に入るまでの間、どうしてもワインかエールを口にしなければならない。だったらその質を改善したい、苦手な人間でも口にできるようにしたいと思ったわけだ。

「女王の命令で、国民に優先的に配給しているものですから……王城の人間は全員、残ったものしか口に出来ないのです。国民の中でもワインやエールが飲めない人々に優先的にミルクやフルーツを使用したジュースを配給しています。残った分が王城に納められ、それが各所に分配されていきます」

 そうか、だからワインかエールなのか。

 だけど俺だけじゃなく、ワインもエールも苦手という者もいるだろうに。水が飲めないのならせめて、飲めるものを提供してほしいと思わずにはいられない。

「じゃあ妥協案として、厨房にあるものでワインに手を加えることはできませんか」

「無理です。厨房だって、ギリギリの食材でやりくりしているのですから」

 それは、わかっている。だけどこっちだって、あのワインの味じゃ飲むのが辛いんだ。

「厨房を見せてください」

 せめてどんな食材があって、使ってもいいものがあるかどうかの確認だけでも……。

「料理長、私からもお願いします。ユーチ様は異世界から転移されたばかり。私たちの国の食べ物に慣れるまでの間だけでもせめて何とかならないでしょうか」

 ステラさんがいてくれて本当によかった。人当たりのいいステラさんの誠実な言葉に、ヒルダ料理長は渋々ながらも頷いてくれた。

 厨房に入れてもらい、俺は食材を見ていく。まずは入り口近くの廃棄一歩手前の籠に投げ込まれた食材。雪室という、現代世界でいうなら冷蔵庫の役割を果たす倉庫から出してきた出してきたばかりの魚や肉。穀類。調味料。スパイス。フルーツ。幸いなことに、俺の世界の食べ物と見た目はそんなに変わらない。

 俺は、廃棄寸前の籠に入ったフルーツに目を付ける。

「これ、もらってもいいですか」

 声をかけるとヒルダ料理長は怪訝そうな顔をした。

 俺は廃棄寸前のレモンに似た形状の果物?を手に取った。それから、ワイン。蜂蜜、スパイスは、シナモン、クローブ、ジンジャー……っぽい香りのものを選び出す。それらを鍋に入れ、口当たり良くワインの渋みがあまり感じられないホットワインを作るのだ。

「どうするのですか?」

 ヒルダ料理長が聞いてくる。

「俺のようにワインが苦手な人間でも飲めるようにします」

 鍋にワインと蜂蜜、選びだしたスパイスを入れる。それから沸騰直前まで温めたところに、使えるところだけ切り取った果物をワインの中に入れてさらにゆっくり掻き混ぜる。

「ヒルダ料理長、どうです?」

 出来上がったワインからは蜂蜜の甘い香りが立ち上っている。

「飲めるのですか?」

「失礼な、飲めますよ」

 俺だって、ここ数年で知った。別れた元カノが、ワインが苦手な俺でもワインを楽しめるようにと教えてくれたのだ。

 思い起こせば、いい彼女だったなあ。俺のことに親身になってくれる優しい娘だったっけ。

 そんなふうに思い出に浸っていると、いつの間にかヒルダ料理長とステラさんがホットワインを口にしていたようだ。

「あら、美味しい。渋みがなくて、口当たりがいいですね」

 ステラさんが一口目で声を上げた。

「本当ね。これなら、ワインが苦手な人でも飲めるかもしれません」

 だろ、だろ?

 俺はニヤリと笑うとヒルダ料理長に言った。

「このワイン、ここで飲めるようにしてくださいよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る