試行錯誤とオッパイと

 長い長い梯子を一段ずつ慎重に下りていく。

 ここの井戸は掘り始めたばかりだった。まだ何も手を加えていない、単に縦穴を掘っているだけの、井戸とは言えない代物だ。これでは簡易の塹壕とかわらないじゃないか。

 穴の底まで下りると、足元はぬかるんでいた。水は、ある。足元がこれだけ湿っているのだから、ないはずがない。だが、錆臭い。

 深さは今で十メートルぐらいだろうか。もっと掘り進めていけばいいのだろうが、岩盤に阻まれ、作業は滞りがちになっているらしい。

 何より、怖いのはこの穴がいつ崩れてくるかわからないことだった。

 俺はだいたいの状態を見極めると、地上に戻るため梯子を上がり始めた。

 途中で、梯子から足を踏み外しかけたり手にした灯りが消えそうになったりと小さなトラブルがいくつか重なったが、とりあえず何とか地上に出ることができた。

 上に戻ると、オッパ……いや、お姉さんたちに囲まれ、さっそく会議が始まった。

「すごいだろ、ユーチ。あの井戸はほとんどアタシ一人が掘り進めたんだぜ?」

 どこか自慢げにキャットが言う。ことさら大きなオッパイを誇張するように、バイーン、と、こう胸を張って。

「あらぁ。井戸を掘るのはぁ、もともと女王の命で始まったのよぉ」

 横からアイシアが口を挟んでくる。

「ですが、騎士団では以前から井戸掘りの任務というものがありましたわ」

 と言ったのはステラさんだ。

 口々に好き勝手に話しているからだろうか、ややこしいな。

「……それで、調査とやらはできたのですか、ユーチ殿」

 一番最後にクリス団長が口を開いた。

「はい、だいたいのところは」

 調査をして、素人集団が井戸を掘ろうとしていたということがよーくわかった。あのまま掘り進んだら、周囲の土が崩れてきて生き埋めになること間違いなしだ。

「あれでは駄目なのでしょうか」

 深いため息をつきつつ、クリス団長はぽつりと言った。おお、わかってるじゃん、さすが団長さん。

「まず、井戸の必要性を確認させてくれ」

 洗濯棟の中庭にある井戸が枯れてしまったとステラさんは言っていた。だけどおそらく、それ以前から水は足りていないのだろう、この城では。

「実は……ここ数年ほどの間で、転移の森の奥からゴブリンをはじめとするモンスターがエロイ国に迷い出てくるようになったのです。以前は森を挟んだエロイ国の反対側へ……東側へ抜けるゴブリンたちの道があったようなのですが」

 ゴブリンが出てくるから水が不足するようになったという話ではないだろうと思うのだが。

「それだけ?」

 俺が尋ねると、クリス団長は眉間に皺を寄せた。

「全部話したほうがぁ、すっきりするわよぉ」

 たゆん、とオッパイを揺らすとアイシアは、団長の顔をじっと見つめる。

 クリス団長は苦々しい顔をして、感情を押し殺すような低い声でゆっくりと話し始める。

「……五年前に我が国の東側にあるオルタ国の王が崩御すると、その甥が新王の座に就きました。若き王は気性が激しく、好戦的でした。ある時、オルタ王は我が国の資源に目を付けました。エロース女王に婚姻を迫り、断られるとゴブリンたちを操り、この国に送り込むようになりました」

 ゴブリンたちを送り込む時点で、若き王は転移の森を水源としたアデル川の支流のひとつがエロイ国に流れ込んでいるのに目を付けたらしい。そこでオルタ王は、毒を流したのだとか。

「……毒?」

「ええ、そうです。男だけが死に絶えるという、禁呪を使って精製した毒を川に流し込んだのです」

 ヒッ……と、俺の喉の奥から声が漏れる。

 だからこの国には男が少なかったのか……毒のせいで、後宮にいる男たち以外は死に絶えてしまったということなのか。

 しかし……ちょっと待てよ。本当に禁呪というか、魔法なのか、それは。

 何か人的な介入があるんじゃないかと疑いたくなる。

「それで、川から水を引くことができなくなった、と?」

「後宮にいる男の方たちを守るためにも、毒の混じった川の水を引き込むわけにはいかなかったのです」

「だからアデル川以外の川から水を毎日のように汲んできてたんだよ、アタシたちは」

 何でもないことのようにさらっとキャットが言った。

 大変だったろう、毎日のように水を汲みに行くのは。

 だから、井戸なのか。

 井戸を掘って、水を確保しようとしたのか、王国騎士団は。

「協力させてほしい」

 俺は、思わず身を乗り出していた。

「井戸なら以前に掘ったことがある。俺にも協力させてくれ」

 こんな面白そ……いやいや、こんな重大な取り組みに協力しないなんて、ありえない。

「ユーチ殿は、井戸の造りをご存知なのですね」

 確かめるようにクリス団長が尋ねてくる。

「昔、掘ったことがあるんだ」

 田舎のじーちゃんは、なんでも出来る人だった。井戸を自作し、時には職人の真似ごとをすることもあった。他にもいろいろと物を作っては周囲の人を驚かせていたらしい。

「いいねぇ。アタシと一緒に穴を掘ってくれるのかい、ユーチ!」

 そう言うとキャットは、俺の背中をバン、と叩く。

「いやまあ……うん、掘るよ」

 このままじゃ、モヤモヤしたままだからな。

「よし、じゃあ早速……」

 せっかちなキャットが言いかけるのを制して、俺は集まった面々をぐるりと見回す。

「まず、時間がほしい。井戸を掘るための準備に三日待ってほしい」

 必要な道具を揃えたい。

 それから、オルタ国のことももう少し知りたい。

「その間、アタシらはどうしたら?」

 気落ちした様子でキャットが尋ねてくる。

「その間、穴掘り以外はいつもと同じようにこなすように」

 と、俺は言った。

 細かい話はクリス団長とステラさんから聞くことにして、キャットとアイシアには抜けてもらう。

 騎士団の宿舎に場所を移すと、俺たちは

 早速、穴の内側の処理について話し合いを始めたのだった。

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