悲しくて、切なくて
「ちっちゃくない?」
俺の股間をマジマジと見つめながらキャットが言う。
いったい何と……いや、誰と比べてちっちゃいと言っているのだろうか、キャットは。
眉間に皺を寄せて俺は上体を起こした。
「使用前だからな」
「そうなのか?」
「当然だ!」
果たしてこの国の女性たちは、男と……その、交わることがあるのだろうか。
数少ない男たちは女王が全員庇護している。どうやって男を集めてきているのか知らないが、もしも女王の庇護から漏れた男がいたとしたら、とんでもなくレアだよな。バーゲンセールの時の女どもの様相を思い出してほしい。あれがまだ可愛らしいぐらいに思えてくるのではないだろうか。きっと男を巡っては暴動や内戦がおこるぐらいの激しい奪い合いになるのではないかと思うのだが。
「キャットは、男の体を見たことがあるのか?」
尋ねると、彼女は「もちろん」と返してきた。
いつ、どこで?
どんな状況で男の体を見ることができるというのだろう。
「従騎士になると、後宮の警護を任されるんだ。アタシはその時に、女王が愛人たちと交わっているのを見たんだ。アタシら騎士たちは、だいたいそんなふうにして男を知ることになる」
と、言うことは、だ。
あのお上品で俗世の事には疎い様子のクリス団長も、そんな光景を目の当たりにしているというのか?
「男たちもずる賢い奴なんかは女王がいない時に従騎士に手を出してくることがあったっけな」
悪戯っぽくキャットは笑う。
ええと……
「男とシたことがあるのか、キャットは」
さーっと、頭の中が冷たくなっていく。
男と寝たことがあるから、手慣れているのか?
「いや、ないけど?」
「マジ?」
「うん。愛人たちは、弱い。庇護がなくなれば生きてはいけないことを理解しているから、よほどのことがない限りは女王に背くようなことはしないんだ」
しない、ではない。おそらくは、できないのだろう。
そうでなければ、生きてはいけないのだ、きっと。
まさしく蟻か蜂の社会だな。
「それで、ユーチ。あんたはさ、アタシに男と寝るってどんな感じか教えてくれないのか?」
ああ……パラダイス、万歳!
「俺が教えていいの?」
今度は俺が上になって、キャットの体をベッドに縫い付ける番だった。
互いの唇が触れ合うぐらいに距離を詰めて尋ねると、キャットは甘く掠れた声で小さく笑った。
「アタシは、エロース女王みたいに男を捕らえて庇護下に置こうなんてことは考えない。ただ、今夜ひと晩……」
その言葉だけで充分だ。
俺はキャットの唇に自分の唇を押し当てる。
甘い。甘ったるいアルコールの香りと、キャットの吐息に酔ってしまいそうだ。
「キャット……」
唇を合わせると、ふわりと花の香りがした……ような、気がする。
完全に舞い上がっていたのだ、この時の俺は。
片手で胸をまさぐると、弾力のある零れそうなほど大きな乳房にぴたりと掌が吸い寄せられるようだった。もちもちした肌が心地いい。掌に収まりきらないほどの大きさの胸を下から揉み上げ、先端の木の実のように赤く色づく乳首をパクリと唇で挟むと、掠れてくぐもった声がキャットの唇から漏れた。
「ああぁ……」
キャットの両腕が俺の頭を抱きしめてくる。張りのあるオッパイに顔を埋めて彼女の汗のにおいを鼻いっぱいに吸い込むと、
「ユーチ……ユー、チ……」
不意に、抱きしめてくるキャットの腕からゆるやかに力が抜けていく。
ああ、眠いんだな。そんなふうに思う。
俺も、なんだか急に眠気が込み上げてきて目を閉じるとそのまま体がベッドに吸い込まれていきそうな感じがした。
ああ、眠い。
少しだけ。少しだけ、目を閉じて。
キャットの体温を感じながら俺は目を閉じ、眠りに落ちていく。
……気が付いたら、朝だった。
ああ、何もできなかった。そんな言葉が頭に浮かんでくる。
隣には、素っ裸で気持ちよさそうに眠るキャット。
俺も、衣服は身に着けていない。
だけど絶対に俺たちは何もしていない。神に誓ってもいい。俺たちはまだ清い仲だ。そりゃ、タマタマを見られたし、キスも軽いお触りもしたけれど、決定的なコトには及んでいないから大丈夫、大丈夫。セーフだろう。
それよりも今、いったい何時ごろなのだろう。
起きたほうがいい……よな、たぶん。
男の数が少なくて、女王が国中の男共を後宮に隠しこんでいるってのに、俺がこんなことをしてていいのだろうか。いや、おそらく色々とまずいことが起きそうな予感がする。
俺は身を起こすと衣服を整えだす。
ベッドを下りて、パンツを履こうと片足を上げたところでドアが開く。
「キャットぉ、いるぅ? 朝練始まってるわよぅ」
甘ったるい声で部屋に入ってきたのは、透けるような白い肌の銀髪のお姉さん。たわわに実った果実かと思うようなオッパイを、控え目な面積の布で覆っただけの肢体がとてもエッチでよろしい。もっとやれ。
「もぅ……キャットったらぁ。見境ないんだからぁ」
ええと、彼女は……
「キャットぉぉ」
彼女はまだ寝ているキャットに近付くと、頭をがっしりとホールドし、その唇にむちゅん、と自身の唇を押し付けた。
「……っ、んっ……んー……ウ、ンァッ、アッ……」
あのキャットが、もがいている。馬鹿力だと思っていたけれど、上には上がいるということか?
「やめっ……あっ、んんっ……てめっ、アイシアァァァ!」
どうにかこうにかホールドされた手を振り払ったキャットは、銀髪のお姉さんの体をベッドに押し倒した。
「犯してやる! 今ここでお前をブチ犯して、腰が抜けるまでぐっちょぐちょのねっちょねちょの体に……」
言いながらキャットはちらりと俺のほうへ視線を向けてきた。
「あ……」
「あ……」
つられて俺も、キャットを見つめ返す。
「あらぁ、二人して見つめ合ったりしてぇ。すっかり仲良くなっちゃったのねえぇぇぇ」
何か言いたそうな様子でアイシアはニヤニヤと俺たち二人を見つめてくる。ねっとりとした嫌な視線だ。
「黙ってたほうがいいかしらぁ?」
ちらっとキャットに流し目を送ったアイシアの横顔は、なんだか見てはいけないものだったような気がする。怖いのだ。目の奥が、笑っていないのだ。
「うるせー、アイシア。余計なコト言うなよ、絶対だ」
キャットにギロリと睨み付けられたアイシアは、悪びれた様子もなく俺にも流し目を送ってきた。
「キャットが不利になることは言わないけれどぉ、クリシア団長に尋ねられたら言っちゃうかもぉ……」
言うのかよ。
俺も同じようにアイシアを睨み付けるが、効果なんてこれっぽっちもない。
「あらぁ。怒っちゃ
しれっとアイシアは言った。
騎士団の規律が乱れるのは困るのだろう。
寝ぐせのついた髪を手櫛でさっと整えるとキャットはようやく衣服を身に着ける。
「朝飯、食べる時間ぐらいはあるんだろうな?」
キャットが尋ねると、アイシアはニコリと笑い返した。
「そんな時間あるわけないじゃないぃ。クリス団長がお待ちかねよぉ」
俺の喉の奥が、アイシアのその言葉にヒュッ、と鳴った。
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