34 魔魚


「あら、皆さまは?」

 そこにクリス殿下と梨奈が仲良く戻って来た。後ろに従えたミランダと侍従が、見た事の無い食べ物を乗せたワゴンを押している。

「みんな君たち二人に当てられて、連れ合いを探しに行ったよ」

 ダールグレン教授が肩をすくめる。

「お心当たりの方がいらっしゃるのね」

「察しがいいね」

 そう、梨奈が察しすぎて、空回りするのはよくある事だが。


「たくさん作ったのに」と周りを見回し「じゃ、ここに居るみんなで食べましょ」

と、クロチルドが居たら扇で叩かれそうなことを言う。

「さ、座って。ミランダ、トニョも、ほら冷めちゃうわ」

 側にいるクリス殿下が鷹揚に頷いたので、皆が恐る恐る席に着く。


「お毒見みたいなものよね。料理長さんは美味しいと言ってくれたけど」

 俵型に海苔を巻いたおにぎりを一つ手に取ってぱくりと食べ「おいひい」と、こぼれんばかりの笑みをうかべる。

 それを見たみんながおずおずと手を出す。

「んー、変わった味だね。あっさりしている。中に入っているのは何だ」

「それはおかかです。鮭があったらなぁ」

 一緒に出されたスープを飲んでほうと息を吐く。



 そうやって皆が和やかに食事をしていると、突然ドタンと大きな音がしてスライムが現れた。まん丸に膨れていたスライムはポンポンと中身を吐き出す。

 魔族の男女と死んだ魚、いや、魔獣であった。

『主―、魚だよー』

「大きいわねジェリー。すごいわ」

 牛ぐらいの大きさの、ギザギザの歯が二重にも三重にも生えた獰猛そうな魚である。


「そちらのお嬢さんは大丈夫かな」

 教授が魔族の方に行く。

 侍従が料理人やら他の侍従を呼んで、魔獣を運んで行った。ミランダがリネンやらタオルをたくさん運んできて、トニョがソラノと運んできた魔族を介抱する。

 殿下が家令を呼んで「医者と病室を」と指図する。


 ソラノが助けた魔族は女の子だった。

 おかゆを出すと、はぐはぐと嬉しそうに食べた。

 気を失って、流れに任せたのが良かったらしい。元気そうだ。

「あ、ありがとう……」

 名をアルタという。クリクリの黒髪でヘーゼルの瞳で、角はあるが薄青い肌の色といい、ちょっと魔族らしくない。ソラノの又従兄弟で、厄介者の烙印を押された半魔だという。

 昨日トニョと相談し、何かの役に立つかもしれないと助けることにしたという。


「アルタの特技は写し目だ。瞼を閉じる毎に、目に映ったものを写し取る。一度開けば消えるんじゃ」

 額の黒髪をかき上げると、そこに第三の目があった。


 それってカメラ? その内スマホも出来ちゃうよね。きっと。

 殿下が見ている。スマホの事言ったっけ。

「皆が集まってから見ようか。それまで休んでいたらいい」

 疲れ切っていたアルタは、すぐに眠ってしまった。


 元の部屋に戻って「ソラノの彼女?」と聞くと、

「いやあ、あいつは半魔だからな」という返事。

 差別なんだろうか。

「わしら魔族は力が全て。半魔の魔力は半分以下じゃ。体力も無いし、寿命も短いし、子が可哀そうじゃ」


 そうか、ここは弱肉強食の世界なんだ。みな生きるのに必死なんだ。


 でも、梨奈は人間だし、主には力不足なんじゃないの?

「大丈夫だ、私も一緒だから」

 殿下が囁く。

「何が、人だってことが? 魔王様の養子だってことが? 私が女神ならあなたは?」

「私は君の眷属」

「眷属って、養子じゃないの?」

「身内、一族、君の半身」

 半身という言葉に納得してしまう自分も大概だ。



「殿下、ユースフがこれを」

 教授が殿下に小ぶりのマジックバッグを渡す。

 幾つあるんだマジックバッグ。あ、教授も、魔王様も作れるんだろうな。

 クリス殿下は渡されたマジックバッグを確認して頷いた。

「ユースフに繋がるのは、私が持っているよ」

 教授が言う。

「分かった。急かして済まない。しかし、さすがだな」

 それって多分電話だよね。私のはないの? 戦争に使うんだからないのか。



  * * *


「先に寝ていてくれ、リナ」

「はい」

 クリス殿下は皆さんを待つようだ。

 すでにジョサイアとシドニーは離宮に帰って来ていて、後はフォルカーとスチュアートだけだ。

 帰って来たら、アルタのカメラを見るんだろう。もう起きて、トニョやソラノと一緒に片隅に控えている。

「ジェリーもそこにいるの?」

『いるー』

 天井から返事があった。ホント、誰の従魔だよって思うんだけど、殿下が梨奈の半身だからいいのか。



 夜中に目が覚めた。

「起きた?」

 いや、起きるだろう。この後ろから胸に回っている手は何なの?

「せっかく起きてくれたから、頑張るね」

「あん……」

 耳元で囁かないで。身体を弄るその手は何なの? 頑張るって何?

「こんなになってる」

 昨日も今朝も散々弄られた内部は、少しの刺激でもぬかるんでしまう。


 後ろを向こうとすると、相変わらず天井に張り付いているソレが目に入る。蠢いている触手が何本も伸びて来る。人型ではないから返って気にならないのか。この熱も、魔獣の所為にしてしまえばいい。


 後ろから太ももを持ち上げて入って来るモノも、受け入れるこの身体も、燃え上がるこの身体も声も全て──。

「リナ」

 耳に囁く声。

 後ろを向くとキスをされる。

 ぴったりとくっ付いた身体。波がゆっくりと何度も来る。

「ああん……」

 喘ぎ声しか出ない。

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