33 魔族の仲間
そう言えばオフジェ川だった。
「ねえ、トニョ」
「はい」
静かに控えていたトニョが進み出る。
「昨日言った水棲の魔獣って、食べられるの?」
トニョは静かに目を見張り、自分の主を見た。すごい、さすがはジジを倒しただけの事はあると、変な所に感心した。
「食べられない事はねえと思いますじゃ。ただ数が多いんで」
「そうなの?」
ピラニアみたいな魚だろうか。
「お魚だったら釣ったらどうかしら。疑似餌を付けてずらずらと垂らしてですね」
梨奈が傍にあった紙を引っ張り出して、釣り竿と針と糸を描いてゆく。
「こういうの、釣り竿、糸、釣り針ずらずら。疑似餌で釣るの。こんなんで」
フォルカーとスチュアートが身を乗り出して見ている。
「疑似餌というのは」
「エサを付けるの面倒だし、エサによく似たヒラヒラを付けるの」
梨奈のいい加減な話を、フムフムと真面目に聞く二人。
「美味しいのかしら」
そこが一番気になる梨奈。
川魚って、近頃日本で蔓延っている中国産のアレとか、餡かけにして香草とかぶっかければいけるかも。
作るのは料理長だし。やっぱり丸投げである。
「お刺身食べたいなぁ」
臭い魚だったら、タレ漬けとか味噌漬けに、白身だったらムニエルとかフライとか──。もはや妄想が止まらない。
「ただいま。何の警備だい」
そこにひょっこりダールグレン教授が戻って来た。
「教授、連行されませんでした?」
梨奈が心配そうに聞くと「何で?」とのんびり答える。
「昨日、ランツベルク将軍が来て、私に出頭しろと」
「あいつは寝ぼけたか」
酷い言い様である。
「教授、将軍はサボーナ侯爵繋がりですよ」
スチュアートが言う。クロチルドの前でいいのかしら。
「侯爵は抜け荷を見逃してもらっているんですよ」
鋭い視線を向けているけれど。
「公然の秘密ってヤツですが」
「まあいいか。これ、ユースフからお土産」
教授はあっさり話から逃げて、マジックバッグを梨奈によこした。
「わ、これお米! お味噌もお醤油もあるのね。ありがとう、教授」
梨奈は満面の笑顔になって、バッグを抱え、調理室に走り出した。
「無作法ですわ」
扇で顰めた顔を隠したクロチルドを見て、教授は肩を竦めただけだ。
ミランダがいれたお茶を一口飲んで、「クリス殿下は」と聞いた。
「王宮です」
「今朝はすっごい、機嫌がよかったな」
フォルカーが厭味ったらしく言うと、教授はにっこりした。
「やっとだからねえ」
「でも、あの子が来てそんなに経っていないでしょ」
「この数日、中身が濃かったからねえ」
そこにクリス殿下が帰って来る。一人である。
付いていたジョサイアとシドニーはいない。
「どうでした」
待ちきれないようにスチュアートが聞く。
「囮にされるようだ」
国王の御前で、何食わぬ顔の将軍に先鋒を命じられた。
「前に魔獣、後ろに謀反軍かよ」
フォルカーの溜息。
スチュアートが先程、梨奈が書いた釣り竿の紙を見せる。
「殿下、これリナ嬢が」
「何だいこれは」
「釣り竿に疑似餌だそうです」
道糸に釣り針が三つも四つも付いている。
「ふうん、電撃やれば面白そうだな」
「食べたいそうですよ」
「はは、身に毒が無ければいいかも」
軽く笑ったクリス殿下に、その場にいた者が目を見張る。こんな顔を見たのは何年ぶりだろうかと。
「リナはどこだい」
「調理室ですよ」
お茶をいれたミランダが答える。
「何だい、いつも真っ先にべたべたしているのに」
「いや、気恥ずかしくてね」
クリス殿下は立ち上がって行ってしまう。
「そういうもんかな」
「さあ、独身ばっかしだしな、ここは」
「ああいう顔もなさるのですね」
頬を傾げて考え込んでいるクロチルド。
「でれでれだろう。百年の恋もいっぺんで覚めるよね」
フォルカーの言葉に薄く笑った。
「いえ、何というか、お可愛らしいというか」
「分からん」
フォルカーは椅子に身を預けて上を向いた。
調理室を覗くと、梨奈が嬉々として指図をしている所だった。
「リナ」
「殿下、お帰りなさい」
少しはにかんだ梨奈が嬉しそうに近付く。引き寄せて頬にキス。
「何をしているんだ」
「お米を炊いていたの、おにぎり作りますね」
「魔王様に頂いたのか」
「はい」
どこまでも甘い雰囲気の二人である。
「遺書でも書いとこうかな」
ため息交じりにフォルカーが呟いた。
「冗談じゃありませんわ。わたくしが欲しければちゃんとお帰り下さい」
その言葉はどういう意味なのか。扇で口元を隠し、きつい瞳を少し笑ませるクロチルドを、期待を込めた目で見るフォルカー。
「フォルカー、頑張れよ。俺も誰かいないかなー」
やけくそ気味なスチュアート。
「スチュアート様のご婚約者だったイルマ様が、この前ご相談に参られまして」
内緒話でもするように扇を広げて、クロチルドがこっそりと話す。
「え、あいつ」
あまり感情を出さないスチュアートだったが、さすがに両手で顔半分を隠した。
「ご両親に反対されたようですが、諦めきれないと」
「春だねー」
スチュアートはそそくさと席を立った。
「どこに行くんだい」
「俺もジョサイアとシドニーの仲間になれるかと」
「そうですわね。わたくしも頑張ってみますわ」
クロチルドも腰を上げて、優雅に一礼すると出て行った。
フォルカーが慌てて追いかけて行く。
「さて、愛とエロスと豊穣の女神か──」
残ったダールグレン教授は、のんびりとお茶を喫しながらつぶやいた。
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