30 新たな魔族


 離宮の広いホールに落ち着くと、スチュアートがクリス王子に近寄って報告した。

「この前オフジェ川に不審な川舟があったと報告があって、ジョサイアと一緒に行ってみたのですが」

 王子が険しい顔をして続きを促す。

「確かに川船を発見しましたが、取り逃して──」

「ジョサイアが深追いするなと言ってくれて、すぐ逃げ帰りました」

「そうか」

 クリス王子は頷いて息を吐いた。

「何か仕掛けて来るのだろう。それが分かっただけでも上出来だ」

「しかし、何でしょうかね」

「それが分かったらな」


 スチュアートは続いて報告をする。

「戦の準備はしておりますが、私達は遊軍でしょうか」

「多分な。後ろに留め置かれて、出陣出来ないかもしれぬが」

「ひどいな」

 ジョサイアが呟く。


「殿下が参戦しなければ、負けて手仕舞いという事もありますね」

 スチュアートは首を捻っている。

「金を払うか、領地を差し出すか」

 フォルカーが腕組をする。


「待てよ──。昔、こういう事があった。俺らが生まれる前だ。アルモンドが侵攻して来て、我が国側が川の向こうまで追い返したのだ」

「あの時のランツベルク将軍の活躍は目覚ましかった」

 侵攻して来るアルモンドの兵達を、策を弄して散り散りにして追い返した。

「だが結局、人質交換をして手仕舞いになった」

 スチュアートが後を続ける。

「そして、ランツベルク将軍は英雄に祀られた」

 ジョサイアとスチュアートは睨み合った。


「オブジェ川のこちら側の領地は伯爵家が没落して、例のサボーナ侯爵家と繋がりのある子爵家の領地になったんだったな」

 スチュアートの言葉に、フォルカーは首を振る。

「それは負けて終わりには、なりそうもないな」

 ジジがいない今、疑惑の侯爵がどう出るかは分からない。




『主ー、魔族がいるー』

「え」

 突然のジェリーの言葉に、皆が緊張した。

『食べるー?』

「待て、何人いるのだ?」

『んー、二人―』

「お前が食べるくらいだから、そう強くはないのかな。ここに連れて来れるか?」

『分かったー』

 クリス殿下の言葉に頷いたジェリーは、姿をエルフからスライムに変えて、飛ぶようにどこかに消えて行った。


「なあ、あいつって強くないか?」

 ジョサイアの問いに殿下が答える。

「せいぜい一人二人しか相手に出来ないからな」

 やがてテラスから呼び声が聞こえたのか、梨奈が開けてやると、ゴロンとスライムが飛び込んできて、男二人をポンポンと吐き出した。



「うえぇぇーー」

「死んだと思った……」

 男二人は床に転がって呆然としている。やがて周りを見回して、梨奈を見つけると、すっすっと近付いた。

 まるで忍者みたいだ。クリス殿下とスライムが梨奈の前に出ると、ぱっと止まって話しかけた。


「アンタがジジを倒したお方か?」

「ええと、そうですけど」

「わしら、ジジの手のものじゃった」

 そう言えば、ステッド女候爵が、アルモンドにジジの手下がいるって言ってたな。下っ端だって言っていたし、ジジがいなくなったら命令する人がいないのか。


 みんなが身構えるなか、魔族は梨奈に向かって平伏したまま話す。

「ジジが居なくなったんで、俺が魔族領に戻って知り合いに聞いたら、あんたに倒されたと言った」

「強い者に従うのが我らの定め。ジジを倒したのがあんたじゃったら、我らはあんたに従う」

「あんたが気に入らなければ、あんたに殺されるのが定め」


 ぐいぐい来る魔族に、梨奈は引き気味になってクリス王子にしがみ付く。

「そ、そんな事言われても、契約とかするの?」

「別に契りはいらぬ。魔族の定めに従うのみ」

「私でいいの? 何も考えないの?」

「人も下っ端はそうだろう」

「同じことよ、仕える者があるのが幸い。無ければ野垂れ死にしかない」

 そんなものだろうか。分からない。


「その、そいつらは?」

 ジョサイアが聞く。

「魔族だけど……、角とか、肌の色とか、どう見ても魔族よね」

「普通の人に見えるけど」

「私にはぼんやりと見えますね」

 シドニーには見えるようだ。


「幻視のピアスをしておるからの。術士や魔族には効かぬが」

「ジジに貰ったものです」

「何それ、便利なものがあるのね」

 言った梨奈を、みんなが生温い目で見る。

 知らないってことは──。


 コホンと咳払いをして、クリス殿下が言った。

「役に立つなら、雇ってやればいいんじゃないか。人手があった方が良い。魔王様には私から話をしておこう」

 そういえば魔王様の方に行った方が良かったのかな。でもジジは単独行動をとっていたらしいし、バレたらお叱りを受けるのかしら。まあ、クリス殿下が言うならいいか。


「ありがとうございます。わしがトニョ」

「俺はソラノ」

「私、リナよ。よろしくね。それで、こっちがクリスティアン殿下、こっちがジェリー。それから殿下のお仲間のフォルカー様、スチュアート様、シドニー様、ジョサイア様」

「ははあー」

 魔族たちは拝跪した。


 そして、とんでもない特技を言う。

「わしらの特技は、吹聴、攪乱、破壊が出来まする」

「なかなかだねえ。敵だと怖いが」

 フォルカーが腕を組み、スチュアートが顎を撫でる。

「味方だと心強い」


「ねえ、ジジの手下って二人だけ?」

 ポロっと梨奈が聞いた。

「いや、四人おったんじゃが、ここに来る途中、二人魔獣にやられた」

「え」

 さっと皆に緊張が走る。

「どこでだ」

 クリス殿下の問いにトニョが答えた。


「オフジェ川の中程で、一人は流され、一人は喰われた」

「まあ……」

「水棲の魔獣か」

「そうなんじゃ。橋は見張りがおって、わしらは少しは飛べるからの」

「ジジも終わったし、俺らも終わったと思うたが」

「やれ、あんたに会えて良かったわい」

「まっこと」

「すまんが、こちらで詳しく聞けるか?」

 殿下は二人を別部屋に呼んで、皆で詳しく聞くようだ。

 魔族の二人が梨奈の方を見たので、頷いて手を振ると大人しく従った。



  * * *


「リナ様、エルマ―が来ております」

 ミランダが取り次いだ。

 エルマー商会の会頭は、離宮に人形を持ってきた。

「いや、物々しいですな、身体検査されました」

 日に焼けた男は、検査の様子を身振り手振りで話す。

「まあ、大丈夫でしたか?」

「殿下からマジックバッグを頂いておりますので。お見せしたのは人形だけですよ。笑われましたけれど」

「そうなの」

 少しホッとする。ひどい事をされなければいい。


「こちらが人形の試作品です」

「あら、やっぱり本職は違うわねー」

 梨奈は満面の笑顔になって、茶色のクマを抱き回す。欲しがる者が続出して、評判なので作って売るという。

「タオル地とかモコモコの毛糸とかで、作ってもいいよね。色も赤いのとかピンクとか色々あってもいいよね」

 改良点をミランダと三人で話し合った。


 殿下のファスナーは、色々な試作品が出来ていた。

「これってバッグにいいわね。この小さいのはお財布にどうかしら。服とかショルダーバッグとか欲しいよね、リュックもいいな。あと、わかんないわ」

「ふむふむ」

 エルマ―が頷いている。紙を持ち出して、説明を聞きながら梨奈に絵を描かせる。


 殿下が帰って来て、今度はエルマーを伴って皆で別室に消えた。エルマーは嬉しそうに梨奈の描いた落書きを持って行った。

 クリス殿下は王族を離れても金銭的には困ることはないだろうが、何分にも王族で出来が良いので、扱いが困るところだ。



 トニョとソラノが戻って来たので聞いてみる。

「ねえねえ、さっき飛べるって言ったわよね。ジジさんも飛んでたけど、どれくらい飛べるの?」

「わしは浮かぶ程度、ソラノは早足だ」

 トニョが指で、川に石を投げた時の水切りの仕草をする。

「俺は、アルモンドから不毛の荒野まで一日で行けるだ」


 距離感が全然だな。地図を見たいけど、あるんだろうか。この世界はどのくらい広いんだろうか。国はいくつ位あるんだろう。

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