28 内緒の結婚


 ええと、どうしてこうなったの。


 梨奈とクリス王子は、こちらの中華ファンタジー風衣裳に着替え、神殿に連れて行かれて、魔王様と養子縁組を結び、厳かに殿下とお式を挙げた。

 途中で針で指を刺し、血を二、三滴採られたのは何だったんだろう。

 血判とか押してないし。


 すべての書類は滞りなく受理された。

 どこの国であっても書類は有効であり、神殿に保管される。

 つまり、本当に正式に梨奈は魔王様の養女になり、クリスティアン殿下の妃になったのだ。ただ、ノイジードル王国には知らせていないだけで。


「王国にはまだ、伏せておいた方が良いかもしれぬ」

 その言葉に殿下は頷いた。



 その後、またしても宴会が始まった。


「めでたいのう、嬢ちゃん飲みなされ」

 アバダー卿は、やっぱりお酒を勧めてくれる。コップにトプトプと注いでくれるお酒は透明で、フルーティで飲み口はいいのに体がほんわりとする。

「これ……、美味しい」

「そうじゃろ、そうじゃろ。北の産地でとれる吟醸じゃ」

 吟醸……。何処かで聞いたような。


「あの、えーと、私のような者が、陛下の養女になってもいいんでしょうか」

 なった後で聞くのもアレだが、断れない雰囲気で流されてしまった。

「なあに、魔王は実力でなるものだし、リナちゃんが娘ならこの国も潤うだろう。誰も反対せんぞ」

 ドナティエン公爵は太鼓判を押してくれた。


「陛下って独身なのですか? お子様とかいらっしゃらないの?」

「昔は妃がいらっしゃったが、今は独り身だな。長命種は子が出来にくいからのう」

 ベルナドット伯が肉を切り分けて、梨奈の皿に盛りながら言う。

「前の奥方が三百くらい年上でさ、しばらく妃は要らないとかおっしゃってたねぇ」

 女候爵は噂話が好きそうだ。しかし、三百って聞き間違いじゃないのか。


「ジジは陛下に懸想していた。全然靡かないんで焦っていたんだ」

 魔族に魅了が効かないのか、魔王様に魅了が効かないのか。


「ステッド候爵は、三人のお子様がいらっしゃると」

「私が生んだのは一人だよ。見込みのありそうなのを拾ってねえ、眷属にしたのさ」

「けんぞく?」

「養子だねえ」

「あの、ジジが私を連れて来た時、湧き上がるみたいに眷属がうじゃうじゃと」

「そんなに眷属は出来ないよ。あの子の幻影だろう。そういうの得意だったからね。リナ様のジジへの怒りの鉄槌で、その他の連中はひれ伏したさ」

 ちょっと冷や汗が出る。


「子分さんとかは?」

「ジジは単独行動していたからね、バレないように。下っ端がアルモンド帝国に少しいたかもしれない」

「そうなんだ」

「まあ、あたし程度の眷属じゃ、高が知れてるけどね」

「そんなことはねえぞ。あんたんとこのは見込みがある」

 ベルナドット伯が褒める。二人は剣の筋から始まって、武器防具、果ては都市防衛の話で盛り上がった。



 魔王様と殿下は、教授も交えて、また国の話をしている。

「姉上が嫁いだ国には行ったことがない。手紙では広い湖と高い山があり、美しい所だと書いてあったが」

「風光明媚で、牧畜も盛んで食べ物も美味しい所だった」

 ダールグレン教授が思い出すように話す。

「この前のアルモンド侵攻でどうなったかのう」

 魔王様が美しいお顔を曇らせる。

「魔領から魔の森を抜けた、一番近い国であったが」


「あそこには温泉があるんだよ」

 教授が言うと、

「温泉ーーー!」

 ふいに、クリス殿下の首に梨奈がかじりついた。

「お前は、また飲んだのか。酔っぱらっているのか」

「温泉いこー」

「温泉など、湯が熱くて飲めぬぞ」

「入るー、温泉ー…」

 梨奈はクリス王子の身体からずるずると滑り落ちて、そのまま、くてと寝てしまった。


「余に抱かせよ」

 クリス王子が抱き上げる前に、魔王陛下が所望した。

「う、はい……」

 断れずに陛下が抱き上げるのを見る。

「まだ子供だの」

 王子は恨めしそうに、魔王様の膝の上ですやすやと眠る、先ほど結婚したばかりの新妻を睨んだ。

「いいな、私も……」

 教授がなぜ弾かれないのかと、口を尖らせる。


「フィンも、こやつに勝てばよい」

「私は剣がからっきしだからねえ」

 諦めて、魔王の側にのんびりと腰を下ろした。

「長く生きていると生きるのに倦んでくる。若い者を見ているのは楽しい」

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