19 変身ジェリー


 魔王様から頂いた綺麗な服は、中華ファンタジーに出てくるような袖の広がった着物に帯を締めるものだった。魔王様の女官の方々が綺麗に着付けてくれて、簪やらリボンやらで髪をまとめてくださった。

 魔王様にお礼を言うと「よく似合っている」と微笑まれた。

 梨奈もクリス殿下も服がボロボロで、見かねて贈って下さったのだろう。


 嬉しくなって両手を広げてクリス殿下に服を見せたけれど、チラッと見ただけで何も言わない。自分も魔王様から頂いた服を着ているのに。

「何か言う事は無いの?」

「魔王様にお礼を言っておこう」と脹れた梨奈を置いてスタスタと逃げる。


 魔王様とはお城で別れ、今日は四天王のベルナドット伯が、護衛兵を連れて送ってくださる。


 お城からこの不毛の大地までは、転移の魔法陣があるのだ。一方通行でここから魔王城に戻れるのは魔王様だけ。領都には四天王をはじめ上位貴族や上級官吏、許された大商人等が転移できるらしい。



 不毛の大地に着くと、昨日と少し変わっていた。

 赤茶けた大地を一面緑の草が覆っていたのだ。

「雨でも降ったのかしら?」

 周りを見回すと草が生えていない場所があって、そこは地面が少しだけ焦げていた。


 手を合わせて祈る。

 忘れてはいけない。私は人を殺したのだ。頭に来ただけで人が殺せるんだ。忘れてはいけない。


「ここにお墓を建てたらいけないかしら」

「そうですな」とベルナドット伯が頷いてくれる。

「真実の愛の碑とか」

「何だ、それは」

「殿下が冷たい」

「好きにしろ」腕を組んでプイと横を向く。

 朝から何を拗ねているんだろう。



  * * *


「ジェリー、その恰好は不味い」

 クリス王子はジェリーを見て顔を顰めた。

 ジェリーはまだ攫われたはずの男爵令嬢マリアの姿のままだ。ノイジードル王国にそのまま帰ったら不味いだろう。


『変わるー。昨日食べたのはー?』

 ジェリーは兵士の姿になった。

「昨日食べたって、何処で?」

『攫われてー、連れて行かれた屋敷に居た奴ー』

「ブッ」

『こっちもー』

 ジェリーは違う兵士になった。

 魔族の皆さんが引いている。梨奈もクリス殿下に縋った。


「待って、何か可愛いのがいい。エルフとか食べたことある?」

 殿下の後ろから聞く。

『んー、昔ー、死にかけの食べたー』

「どんなの?」

『んー、こんなのー』

 少し時間がかかって、ジェリーは変身した。


 む、可愛い。淡いグリーンの髪、グリーンの瞳。

 ちょっと年下の可愛い子だ。女の子? 男の子? どっちだろう。

 ベージュの膝までのニッカズボンに、生成りのチュニックのひらひらと襟元や袖口や裾にフリルの付いたシャツを着ている。


『死にかけのがいいー? どろどろのー、血が付いているヤツー』

「いやいやいや、それでいい」

「もうよろしいですか? では行きますぞ」

 魔族の皆さんが冷や汗たらたらで送ってくれた。どうもジェリーは規格外のようだ。


 ちなみに、この不毛の大地から他の国に転移できるのは、魔族の四天王と上位貴族や上級官吏、許された大商人等だけらしい。転移魔法というのは上級魔法な上に、空間魔法自体を使える人が少ない。そうそう使える者はいないそうだ。

 また一緒に転移できるのは四、五人が限度だそう。


 他はどうするのだろうかと思ったら、魔族には飛べたりジャンプしたりして魔の森を抜ける人がいるらしい。

『オイラもーできる―』

「どうやって?」

『転がったりー、木と木を伝って行ったりー、ジャンプしたりー』

「何かすごいわね」

 ジェリーは何処まで進化するのだろう。


 クリス殿下は私を追いかけて飛ぶのは出来るけど、帰るのは無理だとか。

「クリス殿下って、結構、無鉄砲なのね」

「悪いか」

「今度は南の島とかに攫われてみたいわ」

「サーペントかリバイアサンに飲み込まれたいのか」

「意地が悪いわ」

「あのー、お仲のいい所すみませんが、ノイジードルの西の森に着きました」

「わ、すみません」

「ありがとうございました」

 コレのどこが仲がいいのか分からないけれど。

 親切な魔族のベルナドット伯に別れを告げて、西の森離宮に向かう。西の森は広くて着いたところは王都の外だった。遠くに城壁が見える。



  * * *



 梨奈たちを送って、ベルナドット伯が魔王様に報告をする。

「不毛の大地は、一面草地になっておりました」

「昨日の今日でか?」

「はい、草を採集して調査しております。それからジジの身罷った跡ですが、リナ殿が真実の愛とか申す碑を建てたいと」

「ジジのしていた事と、真逆ではないか」

「皮肉でございますかな」

「戒めの意味で、それも良かろうか」

「それから、ジジの使役しておったスライムでございますが」

「今はリナが従魔にしているようだが」

「あれはとんでもないモノでございますな。人を喰らえばその形になれますし、ジジの企みが上手く行っておったのも、アレの所為ではございますまいか」

「敵には出来ぬの」

 ベルナドット伯は恭しく頭を下げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る