18 魔領で一夜を明かす
魔王様はアルモラヴィド王と名乗った。魔領の北側のアルモラヴィドという地方の出身で、そこは峻険な山岳地帯と、高地と低地に広がる丘陵地帯と、大河の流れる広大な平野があり、とても豊かであるという。
恵まれた豊かな土地、故にそれを奪おうと狙う者は多い。魔王様の一族はそれらを退ける強力な力を代々受け継いでいた。
魔族の地は王が定まらず、長きにわたる戦闘と耕作地の放棄、そこに追い打ちをかけるように大森林の大火災で荒れに荒れていた。
そんな時に、この強ーい魔王様がアルモラヴィドの地に現れて、荒廃した魔領を鎮める為に中央に起ち、魔族領を統一したんだそうだ。
便宜上、この魔族領を『アルモラヴィド魔族国』とした。
今は魔族を束ね、人間と友好路線に向かう途中で、反対派のジジが色々工作をして妨害していたらしい。あの女が四番目というのは武闘派で非常に過激な言動を繰り返し、おのれの得たものは囲って誰にも渡さない、平気で他者を排除する利己的思考を持ち、誰にも相談しないで勝手に単独行動で事を進めるからだという。
ジジは軍規違反とか規律違反とかで軍法会議にかけられる事が決まっていた。
『女神の怒りを受けて、不毛の大地に散った』と、そのまんま国に報告され処理される。
「そなたには迷惑をかけた」
そう言って謝罪する魔王様はとても紳士的だった。
(どこかの腐れエロよわよわ王子と全然違うわね)
梨奈がジジに連れて来られた魔領は、その昔の大火災の跡地だそうだ。
今は何もないその地を、外部の人の住まう地との転移の地と定め、ゲートなども建設する計画であるそうな。
クリス王子と魔王様は少し打ち解けて、国の事について意見を交換していた。
「どういう国を目指しているのですか」
「貴族と平民の二院制で国政を行い、余は国の象徴として君臨する」
「だが、急激な変革には犠牲を伴う」
「人を育て、穏やかに行きたいものだが」
宴会は大広間に厚い敷物を敷き、座布団や円座を並べ、座椅子を置き、魔族さんたちが大勢集まって大盛況であった。
「しばらく娯楽がなかったのでな」
そう言ったのは、宰相をされているドナティエン公爵。
「お嬢ちゃん食べなされ」
何か分からない魔物のお肉を勧めてくれるのは、国務長官のベルナドット伯。
「これは飲みやすいで」
何か分からない木の実のジュース、いや、お酒を注いでくれるのはアバダー外務卿。
他に財務卿と内務卿がいて、何とジジは軍務卿補佐官だった。
しかし、軍隊を動かすのは将官で、軍務卿の仕事はもっぱら兵士の管理や兵器や軍事施設の管理、武官の選奨などの事務仕事であった。ジジは気が腐っていたらしい。
勧められるままに飲んだり食べたりしていた梨奈は酔っぱらってしまった。
「リナ、寝るな」
「やだー、殿下なんか勝手だー。大体ねー」
絡み上戸だった。
「酔っているのか? 飲んだのか」
クリス殿下に担がれて、魔王城の客室に案内され、部屋に辿り着くと、二人でベッドにダイブした。
「あなたは自分の力で行くんでしょう。私なんかいらないんだわ。それなのに帰してくれない。帰れないなんて理不尽だわ!」
梨奈はクリス王子を押し倒して文句を言った。
「私にはお前が必要だ」
「お前って何よ」
「見ていてくれただろう」
「見ていたわよ」
みっともない所も、情けない所も、無鉄砲な所も全部。
「一緒にずっと……」
くたびれ果てたクリス王子はそのまま意識を飛ばすように目を閉じる。
(疲れた。まだこちらに来てから二日しか経っていないのに)
目を閉じて死んだようになっている王子をツンツンするが起きない。
「私も寝ちゃおうかな。でも、ここって魔王のお城なんだよね」
誰もいない部屋を見回した梨奈は、ジジの言葉を思い出した。
(取って食べられたりしないよね……)
こういう時に限って、あのおしゃべりスライムは現れない。そろっと、王子の側にくっ付いて目を閉じる。
魔領の真ん中の、魔王様のお城で眠ってしまった。
翌日、無事に朝が来た。何となく違和感がある。手に触れるシーツが違うし、パジャマじゃなくて、違う服を着ているし、ベッドが違う。
目を開くと、ものすごく広いベッドに寝ていた。部屋の中は薄明るくなって、窓からカーテン越しに光が漏れる。
「ここ、どこ? え、まだ夢見ているのかしら」
近頃よく見る変な夢の中なのか。
「それより、目の前にあるこの手は?」
大きくて骨張った手は自分の手ではない。
梨奈は恐る恐る首を後ろに向けた。
そこにはカーテン越しにも輝くサラサラの金髪の、それはそれは綺麗な王子様が眠っていた。けぶるような睫毛が鼻梁に落とす影が絶妙な色気を醸し出す。
息が止まるかと思ったけれど、王子様がゆっくりと目を開いて、その透き通るような青い瞳で梨奈を見て、にっこりと蕩けるような微笑みを浮かべると、心臓が止まるかと思うほどの迫力があった。
さらに、さらに王子様は、梨奈を抱き寄せてキスをしたりするものだから……。
「死ぬ……、死んじゃう……」
「リナ、どうした? 大丈夫か?」
「だ、大丈夫です。その、ちょっとびっくりしちゃって」
「そうか、昨日は色々あったからな」
色々あり過ぎて、頭の整理が追いつかない。
王子様は普通に大あくびをして、伸びをして起きて、頭を軽く掻いている。あまりに普通過ぎて、あ、普通に生きている人なんだと思ってしまった。
魔王とか、魔族とか、夢ではない現実の世界が胸に押し寄せて来る。目の前にぽたりとスライムも落ちて来て、余計にこんな訳の分からない世界に来ているのだと思うと、シュパッとスライムを平手で弾き飛ばして、八つ当たりをしてしまう。
『主ー、ひどい―』
スライムはベッド下に落ちてダンゴムシスライムになった。
そこに、コンコンとドアがノックされて、魔族の侍女が現れる。
「お目覚めでしょうか。お着替えを用意しましたので、先に湯あみをなさいますか」
そういえば、昨夜はそのまま泥のように眠ってしまった。お互いのドロドロの衣服を見る。
「「はい、ありがとうございます」」
声までハモってしまって、侍女ににっこりとされた。
湯あみをして、きれいな衣装を着せられて、美味しい朝食を頂いた。そして、不毛の大地と言われた荒野から戻ることになった。
魔族領の北側には高い山脈、東側には魔物の森があって、反対側は水棲魔獣の棲まう海だそうで魔領には簡単に入れない。
空を飛ぶか転移の魔法を使うかで、転移の魔法の場合、他国から転移すると、不毛の大地に着くようになっているという。
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