17 片道切符と魔王様


 クリス王子は、襲撃の後片付けをシドニーとジョサイアに任せて、リナの後を追って飛んだ。リナの居る場所の近くに飛べるように、転移魔法を組んでピアスに忍ばせたのだ。


 現場に飛べば、すでに熱量が上がり過ぎていて、梨奈を引き留める暇もなく放たれてしまった。魔族は地上に墜落して、影も形もない。


「リナ」

「私、殺しちゃった」

 慰める言葉もなくクリス王子はその身体を抱く。女神の筈の少女はあっさりさっぱりした性格だが、怒ると火の玉みたいになる。震える身体は王子の腕の中にすっぽりと収まる程なのに、あの熱量は何だ。それこそ女神だからか。

「どうしよう……」

「あいつは私にとっても、国にとっても、敵だ。それよりここは何処だ?」

「魔領……とか言ってたような」

『ここは魔領でーす』

 いつの間に来たのか、梨奈の熱気でへたっていたジェリーが、顔だけ出して説明する。

『ここは不毛の大地といってー、外から転移する時に使うんだ―』

 相変わらず緊張感のない話し方だが、のんびりしている暇はなかった。


「困った、帰れないぞ」

「え、何で?」

「魔領と我々の国々とは繋がっていない。ゲートというものがあるらしいが、我が国はまだ魔族と協定を結んでいないのだ」

「えっ? でもクリス殿下、ここに来たじゃない?」

「ピアスに転移魔法を仕込んだのだが、こんな所に来るとは──」

 どうも片道切符のようだ。無鉄砲王子だろうか。


「魔領とか想定していなかったの?」

「想定外だ、おまけにあの女を滅ぼしてしまったからな」

「あいつが私のこと取って食べるって言ったのよ! 正当防衛だわ」

「友好的に話し合えば何とかなるだろうが──」

(うわーーーーん!! どうしよう。私のアホーーー!!)

「ジェリー、何とかならんのか」

「ジェリー、何とかして!」

 二人でジェリーに縋る。しかし、スライムの返事は無情なものだった。

『もう遅いー、見つかった―』


 散らばっていた魔族たちが戻って来たのだ。

 先頭に、先ほどとは違って、かなり強そうなお歴々がいる。


「彼奴は、我ら魔族四天王の最弱」

「魔族の面汚しよ」


「なんで? なんでこんな時に、ソレなの!?」


(私、脱力してもいいかしら)


 しかし、脱力している暇はなかったのだ。

「すごい熱量であったな」

 低い、寂のあるいい声が響いた。背の高い黒髪の男が現れた。

 四天王とその配下は彼に道を開けて跪く。

 クリスティアン王子が梨奈を背後に庇い、男を睨んだ。


 満を持して登場した男は、ラスボスだろうか。

 長い真っ直ぐの黒髪、立派な角、赤い瞳、薄い紫の肌、端正な顔。

 そして、溢れるほどの威圧感。

 後ろに強そうな魔族二人を従えている。


 男は梨奈を見た。

「女神……、なのか。さもありなん」

 じっと梨奈を見透かすように目を細める。

 角とか、赤い瞳とか、薄い紫の肌とか魔族そのものに見えるのに、優美に小首を傾げるその様は艶やかに色気もあって、十二分にイケメンであった。

「何と、美しい。流れ落ちる栗色の髪、魔族にふさわしいその榛色の瞳、何より、そのアラバスターの肌が……そそる……」


「認識阻害が効いていない」

 クリス王子が呟く。

『魔王様だよーー』

 能天気なジェリーの声。

「当たり前だ、余を誰だと思っている。余のような高位魔族に、そのような物が効く訳があるまい」


 何で、そんなのが出てくるの? もう終わりなの? ここで終わるの?

 短かった異世界ライフ、サヨナラ。

 案外短かったな。


 魔王は気軽に梨奈にすたすたと近付いて来た。

「娘、名は何と申す」

「あ、梨奈です」

 魔王が手を取ろうとして、何かに弾かれた様にその手を止める。

「男除けか、無粋な」

 クリス王子を睨む。


 クリス王子は梨奈を背に庇ったまま、魔王と対峙する。

「その女を置いて行かぬか」

「だめだ」

「どうあっても」

「くどい」


 何処かで聞いたセリフだわ。

「では、戦うか」

「望むところだ」

 周りの魔族たちがザワリと蠢く。

「そなたたちは手を出すな。あの女のようになりたくなければ、控えていろ」

 跡形もなくなった女。またザワリと周りが騒めく。

「待って、ジジを殺したのは私だから……」

「リナ、下がって。そういう事じゃないから」

「下がっていよ」

 二人の圧に押し負けて、少し下がってしまう。


「その依怙贔屓えこひいきなスキル、無しでは戦えぬか」

 魔王の言葉にクリス王子の頬が染まる。

「リナ、祝福を解いて」

「え」

「解いて、リナ」

 もう一度促される。

 殿下って熱血漢なの? 意地っ張りなの? 負けず嫌い?

 やっぱり無鉄砲王子だ。

 その背を見上げて、その身体に腕を回して、願いを解く。

 一瞬クリス殿下の身体が淡く輝いて光が散って消えてゆく。

「ありがとう」

 殿下は頷いて魔王に向き直る。

 二人の周りに結界が張り巡らされた。



 結界の中で二人、剣を抜いて向かい合う。

 戦いは、そりゃもう魔王の方が圧倒的に強い。

 今代の魔王は強いとか言っていたけど、

 だてに魔王を名乗っている訳じゃあない。

 辛うじて剣を合わせても弾き飛ばされる。


 戦っている、無我夢中で。

 吹っ飛ばされて、傷を負って、転がっても、起き上がって、

 無様でも、ボロボロでも、剣をついて立ち上がる、金色の王子様。

 


 梨奈は泣き虫なのだ。

 ちょっとうれしくても、悲しくても、腹が立っても、悔しくても、歯がゆくても、感動しても、人が泣いてるの見たって、涙がポロポロ出ちゃうんだ。

 だから泣いてもいいよね。


 こんなにボロボロになっても向って行く。

 一生懸命で、無我夢中で、

 それは多分誰かの為とかでなく、戦いが好きとかでもなく、何かよく分からないけど、多分何もかも無視して、度外視して、戦わなくちゃいけない時があって、

 でも何で、負けてボロボロなのに嬉しそうなんだろう。


 ちょっと胸がキュンとしちゃうんだけど。


 やがて、クリス王子は二合三合と打ち合えるようになったけれど、後が続かなくて魔王に吹っ飛ばされて剣を突き付けられ、そこで戦いは終わった。

 梨奈は結界の中に飛び込んで、王子に祝福をかけた。


「あの紋の除外に、余も入れよ」

 魔王様は試合の勝利者として、クリス殿下に何かの権利を求め、殿下はしぶしぶ了承したようだ。

「これでも余は譲歩している」

 と、ドヤ顔で言う。この魔王様の方が可愛いんじゃないの?

 ちょろっと梨奈はそう思った。


 その後は魔族の王都に行って、どういう訳か宴会になった。

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