06 クリス王子のお部屋で食事
回廊を反対側に進むと、向こうからクリスティアン殿下によく似た若い男が来た。
金髪だが緑の瞳で印象が柔らかい。
「兄上」
「エアハルトか」
「まだそのような女を、いい加減目を覚ましてください」
梨奈より年下の少年に見える真面目そうな弟だ。梨奈がちょっとクリス殿下の腕にぶら下がって、胸を寄せてプルプルしてみると、まだ幼さの抜けきらない頬がさっと染まって梨奈を睨みつける。
クリス殿下は嫌そうな顔をして「放っておいてくれ」と梨奈を引きずって弟から逃げた。
* * *
王子の私室に入ると、すぐに頭のファスナーを下された。
梨奈の顔を見るとクリス殿下は先に「ふう……」と息を吐く。
これは嫌いとかじゃなくて、苦しい的な何かみたいだ。
侍女とか侍従とかいないのかしら。誰も出て来ないし、護衛の騎士達は部屋の外で待機したようで護衛というよりは見張りみたいだ。
国王の執務室程ではないが広い部屋の中はきれいに整えられているが誰もいない。テラスがあってその前にソファセット、テラスの横は暖炉、マントルピースの上の肖像画はこの国の王妃様らしき気品のある女性で、クリス殿下よりは先程の弟、エアハルト殿下に似ている。
その横に書棚と大きなデスク、デスクの前に大きめのテーブル、壁にはソファや椅子が並べられて小さなテーブルセットもある。
「あの、お聞きしても?」
「ああ」
「侍女とか侍従とかいないのですか?」
「私がおかしくなる前に、離宮の方に避難して貰ったのだ」
「避難ですか」
「お腹が空いたのか? すぐに食事が来ると思うが、リナの着替えもいるな、頼んでおこう。顔を見られないよう奥の部屋に行っていてくれ」
「はい」
やっぱりバカ王子じゃなくて気配り王子だろうか。
そう思いながら行った奥の部屋はベッドルームであった。天蓋付きの大きなベッドは定番として、ベッドの横にスタンドとライティングデスクがあって、その奥にドアがある。足元の側にはテーブルセットがあって壁際にはカウチが置かれていて、その向こう側にもドアがある。
王族の部屋だから豪勢で豪奢な部屋をイメージしたが、割と機能的という感じで無駄な装飾がない。空調は滞りなく、リネンはきっちりと、照明は寝室に程よい間接照明で部屋の隅に置かれたフロアライトと壁のブラケットが暖かな光を投げかける。
ロウソクとか獣脂とかじゃないようだ。魔導具だろうか。
部屋を見回すと鏡があった。首元までのピンクの彩りから、茶色の髪、榛色のきりっとした少女の顔が覗く。昨日までの自分と変わっていない。
やはり異世界転移なのか、梨奈は梨奈のままであった。
軽くドアをノックしてクリス王子が顔を出す。
「こちらに食事の用意が出来たから、その前に着替えるか?」
「はーい」
殿下が渡してくれた箱にはドロワーズとかいうパンツにシュミーズ、そして胸の下で少し絞ったゆったりした部屋着が入っていた。室内履きも一緒にあって至れり尽くせりだ。
着替えて、脱いだ着ぐるみを畳んで持って部屋から出て行くと、王子は軍服を脱いでシャツにトラウザー姿であった。
(くっ!)
実は梨奈はきっちりスーツとか制服を着た男が、その後でこんな風にラフな姿になるのが落差があってギャップ萌えするのだ。
(刺さるーー!)
クリス殿下は肩幅があるけれど、細マッチョでしなやかな若木のイメージだ。着替えた梨奈を見て「似合うよ」とにこやかに手を差し出した。
先に褒めるとか、やはり気配り王子だろうか。
テーブルの上にはすでにハムやらチーズやら野菜を挟んだサンドイッチとミートパイ、インゲンのスープ、飲み物はワインだろうか、それにフルーツ盛り盛りのバスケットが並べられていた。
梨奈をエスコートして壁際のカウチソファに座らせ、王子は向かいの椅子に座る。梨奈は持っていた着ぐるみを片側の背もたれやクッションのある方に置いた。
かなりお腹が空いていたし、目の前で健啖家が綺麗に気持ちよく食べるので梨奈も遠慮なくいただいた。
「このサンドイッチのハムは何のお肉ですか?」
「オーク肉の燻製ハムだな」
「このパイ美味しいです。お肉が柔らかくて甘味があって」
「それは角ウサギとキノコのパイだ」
サンドイッチもパイもスープも美味しくて、材料をあれこれ聞きながら楽しく食事は終わる。お腹が落ち着いてワインも頂くと口が滑らかになった。
「夜食として軽くしたが食事は足りるか?」
「はい、十分頂きました」
「そうか、異界人の口に合ったか?」
「美味しかったです。あの、異界人ってよくこちらの世界に来るのですか?」
「そうだな、百年から二百年に一度くらいと聞いた。リナは私の前に現れて私を救ってくれた。感謝している」
その言葉を聞いて、梨奈は自分がこの世界に来た意味が少しはあったのだと思った。しかし、百年とか二百年前じゃ同じ異世界人と会うこともない。
「ご兄弟は、あの方の他にいらっしゃるのでしょうか」
立ち入ったことを聞いたが殿下はあっさり答えた。
「姉上がいたが、嫁いだ他国でお亡くなりになった。生き残っているのは私とエアハルトだけだ」
クリス殿下はちょっと辛そうに言う。
「あの、殿下が王太子様ですか?」
「いや、父上に学校を卒業するまで、待ってもらった」
「??」
話が見えない。
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