05 国王陛下と密談


 二人は王の執務室に通された。

 広くて重厚な作りの広いデスクの向こうに暖炉と燭台と書棚。長いテーブルと何脚かの椅子。天井にはシャンデリア。右側にはテラスがあってあって、その向こうにソファセット。部屋の壁には様々な絵画が飾られていた。


 居並ぶ重臣たちが、鋭い視線を浴びせかけてくる。

「陛下、人払いをお願いします」

「それはなりませんぞ、クリスティアン殿下」

「殿下、お控え下さい」

 部屋にいた宰相やら大臣と思しき貫禄のある人物達が難色を示す。

「三人で話をしたい」

 王は皆を追い出した。



 執務室にあるソファに向かい合って座る。

「リナ」

 王子は男爵令嬢ではなく、梨奈の名を呼んだ。着ぐるみの後ろのファスナーを下すと梨奈が顔を出した。


 肩より少し長い真っ直ぐの栗色の髪。キリッとした眉に茶色にも緑にも見える榛色の瞳。少し緊張した頬と唇の色。

 あまりにも着ぐるみと違う容貌に、国王が目を丸くする。

「これは着ぐるみだそうです。この娘はリナと申します。異世界から来たそうです」

「何と、異界人か」

 梨奈は恐る恐る国王陛下に頭を下げた。

「初めまして、リナと申します」

 どうも異界人という言葉があるからには、他にもこの世界に来た人がいるらしい。後でクリス王子に聞いてみなければ──。


「私はこの男爵家のピンクの女に誑かされたのです」

 クリス殿下が着ぐるみの顔の部分を引っ張って説明する。目とか口とかそのままあって、ちょっと気持ちが悪い。

「卒業パーティの会場で婚約者のラフォルス公爵令嬢に婚約破棄を申し渡し、更には令嬢を断罪しようとしたところを、リナの機転によって正気に戻りました」

 梨奈が叩いたところを機転にしてくれた。肩を竦めそうになる。バカ王子かと思ったけれど気配り王子だったかもしれない。


「この着ぐるみには、怪しげな魔法陣が仕掛けてありました。魔法省で調べていただきたい」

 殿下が魔法陣を転写したハンカチを陛下に差し出した。

「フム、お前でも解らぬか」

「はい、伝書鳥の魔法陣を複雑にした構成、それと反復らしき文言──」

 クリス殿下が言葉を切って、国王陛下は目を光らせる。

「ほう、それは」

「これは魔族の使う魔法陣の陣形、魔文字が刻まれております」

「む……、このようなモノを創る魔族が隣国アルモンド帝国に……?」

 クリス殿下の魔法陣の説明に、国王陛下が表情を厳しくする。

「しかし、魔族とアルモンド帝国が組んでいるのなら、話は分かる」

「魔族全てでしょうか」

「いや、アルモンド帝国に魔族軍がいるとの情報はないし、このようなまどろっこしい事をするとも思えぬが」

 二人は梨奈をおいて考えこんでしまう。


 国王陛下が梨奈の顔を見る。クリス殿下と同じ青い瞳だ。

「公爵家とのことは?」

「ラフォルス公爵令嬢とは、私の不徳で婚約解消しなければなりません。明日にも謝罪に行きたいと、父上にもご迷惑をおかけします。申し訳ございません」

 殿下が深々と頭を下げる。

「仕方がないの」

 国王陛下はあっさりと許してしまわれた。いいのだろうか。


「その娘はどうするつもりだ」

「公爵家に行く間は魔法省に預かって頂くつもりです。その後は私の預かりにして頂きたい。しばらく表に出さぬつもりです」

「異界人であろう、手放す気はないか。王宮で預かってもよいのだぞ」

「この異界人は私の許に来たのです」

 クリス殿下の言い様に国王陛下は息を吐いて申し渡す。

「しばらく謹慎しておれ」

「はっ」

 殿下は深く頭を下げると、王の執務室を後にした。



  * * *


「私、軟禁されるんですか?」

 外に出られないのだろうか。折角の異世界なのに?

「安全が確認されるまではな」

 さっき魔族とか言ったな? どうなっているのだろうか、この世界は。魔族がいるのなら、梨奈は勇者とか聖女枠でこの世界に来たのだろうか。


「魔王がいるんですか?」

「いるぞ。今代の魔王は強いそうだ」

 強いのか。それだと勇者とか聖女だと大変そう。

「ええと、魔王を倒しに行ったり──」

「ノイジードル王国は魔族とは互いに不可侵の筈だが、対応を間違えると不味いことになりそうだ」

 それって、怒らせたら不味いって事だよね。

(これは、よわよわ王子だろうか)



「マリア!」

 国王の執務室を出て大広間の前まで歩くと黒髪の男が待っていた。

「シェルツ男爵」

 クリス殿下が梨奈を庇い気味にして男の名を言う。この着ぐるみの父親は、ちょっと嫌な目つきの中背のオジサンだった。この男からどうやったら、ピンクの髪の可愛い娘が出来るのだろうか。


「私の娘が大変ご無礼を。さあ帰るぞ」

 大仰に頭を下げて、梨奈の腕を掴もうとする。

 この男と一緒に帰るのは、とても不味い気がする。

 梨奈はクリス殿下の腕にしがみついた。男爵の方が呆気にとられた顔をする。



 その男爵の前に立ち塞がったのは、赤いというよりは赤銅色の髪をした、上背は殿下ぐらいで、引き結んだ口元の厳つい、筋肉たっぷりの男だった。

「シェルツ男爵。ご令嬢にはまだ伺いたいことがござる」

「ランツベルク将軍閣下」

 黒の軍服に黒いマントを羽織っている。彼が引き連れて来た近衛兵が、バラバラと男爵を囲む。

「丁重におもてなしいたしますので、ご心配は無用ですぞ」

 この男に睨まれたら、すごすごと引き下がるしかないだろう。

 男爵は唇を引きつらせ、梨奈を一睨みしてから帰って行った。


「ルパート、アンソニー」

 ランツベルク将軍が呼ぶと、黒髪と茶色の髪の男が出て敬礼をする。

「クリスティアン殿下の護衛をせよ」

「はっ」

 クリス殿下は鷹揚に頷いて、そのまま梨奈を連れて歩き出す。梨奈はチラリと将軍を見た。威厳に溢れた鋼のような男だ。王子に護衛を付けてくれたのだろうか。

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