後
◇
探索装備は、
ダンジョンのプロ探索者の初期装備は、企業がスポンサーについていないと到底まかなえる経費ではなかった。マサキもそこまでこだわる気もなかった。
日帰りでちょっと行って、ちょっと撮影して、ネット民の関心がいかほどのものかを探る試金石。それを初回ダイブの目標に決めた。数字があがらず広告料が発生しなければ、赤字。すぐに手を引いて、バイト探しの日々に戻るのだ。そう考えていた。
潜入、初日。
池袋ラビリンチュラ群・池袋サンライズ60本館の潜入に成功。
インターネットで噂になっている旧巣鴨駅の地下鉄東改札口を乗り越えると、大塚駅を経由して東池袋駅から池袋サンライズ60に入れた。スチール製の工事フェンスで覆われている場所で、業者通用口なのか少し開いている所があり、そこから体を潜りこませることができた。
開いていた理由はすぐわかった。業者がいたからだ。
「うわっ、うわぁっ!」
「アレなんダヨ。コッチ、こっちクンなっ。ぎゃああああ!」
不法滞在就労者っぽい男が、人間の形をした狂人に三人がかりで押し倒された。
そして、喰われた。
「おーい。お前らさ、そんなゾンビ程度を相手してて一攫千金が掴めるのかあ? ここで死のうと、この先で死のうと、こっちはどっちでもいいんだぞ。お前らには生命保険かけてるしぃ?」
離れたところから防護服を着て眺めているのは、闇業者だろう。暴力団ですらない金の羅刹。日本という国は世界と比べても銃器や覚醒剤、人身売買の取締まりが厳しい。そこで地方から集めた出稼ぎに生命保険をかけてダンジョン労働に潜らせるという一攫千金ツアーだ。
いわゆる保険金労働で、経営実態がない会社を使って私人契約し、給料は一括先払い。ただし彼らの事故死で支払われる保険金は一億円。事故ありきの違法労働だ。ネット上の都市伝説だと思っていた。それにしても、国内業界最大手のアーバレストが管轄する池袋ダンジョンで違法営業なんて、やらんでもいいのに。
「おい、コイツら何なんだよっ⁉」
出稼ぎの中に男子学生もいた。中学か高校一年生くらいの少年が、拳銃を持った防護服に食ってかかる。
「見りゃわかんだろバぁカ。ダンジョン脳症だよ」防護服が愉快そうに声を弾ませた。
「えっ!?」少年はその場に呆然自失となった。
「そいつらはダンジョン脳症末期さ。ワクチンを買うこともできずここへ逃げこんだ末路がそのザマだ。脳ミソまで溶けて人を見境なく襲いだし、れっきとした〝モンスター〟になっちまった。だがダンジョン脳症にも利点はあるらしくてな。末期までいくと不死になれるって話だぜ? お前も、なってみるか?」
「ふ、ふざけやがって。俺は生きて帰らなくちゃいけないんだっ!」
「おー。そうだったそうだった。おめぇは妹のためだっけか。頑張れよぉ。ギャハハハッ」
初ダイブで胸糞悪いものを見た。マサキはそっとこの場を離れた。
防護服の後ろ陰まで近づいていた〝ゾンビ〟の顔面にブラックライトを当てて。
……その保険、おたくも入ってんの? 気をつけなよ。ゾンビなんて一匹いたら百匹いると思わなきゃ
マサキは、記念すべき初回ダイブにふさわしい、次のロケーションを探すことにした。
◇
第三回ダイブの配信は、また第8階層を歩いて帰るつもりだった。
「あれ、あいつ……うそでしょ?」
ちょうどヴァリラプトル十八機が討伐された現場にさしかかった。マサキはここで前回こういう事があったよね。と回想を話すつもりだった。
そこに同じタイミングで二頭のステノニスが近づいてくるのがわかった。
一頭は左脚部の咬み傷が残っていた。ダンジョンボーグは、機械の体を持ちながら動物のように振る舞い、かつ、自己回復能力がある。機械生命体といえばいいのか。
〝お〟〝もしかして〟〝まさか〟
先にコメントが騒ぎ始めた。
前回助けたらしきステノニスが、マサキにゆっくり近づいてくる。
迎えない理由はなかった。もちろん、ボーグから攻撃してくる可能性も頭の隅に持っていなくてはいけないが。それでも再会はうれしかった。
〝生きとったんかあ!〟〝五百万もってきたぁああ!〟〝エンダァアアア!〟
コメントの白波に目をやる余裕もなく、マサキは配信装置を抱えてゆっくりと歩いていった。
「やあ」
ささやくように声をかけた。そのマサキの笑顔が不意に消える。一緒にいるステノニスの様子がおかしい。脚許がふらついている。機械の体を持つダンジョンボーグがだ。
「その子、どうかしたの?」
素直な再会をしに来たわけではないらしかった。また次なる面倒事だった。
「触れていい?」
一応断ってから、連れてこられたステノニスに触れる。三原色光で外傷がないか見て回る。
「体にも脚にも傷はない。外からは異常なさそうだけど」
〝心臓病とか勘弁しろよ〟〝おめでた?〟〝あとは耳と目か?〟〝メカだけに〟〝←死刑判決〟
その時だった。機械の馬が咳をした。あとは、マサキの直感だった。
ステノニスの口の中に手をつっこんだ。
「機械に誤飲窒息とか、あるのかねっ?」
ダンジョンボーグは生物のように粘膜があるわけじゃない。マサキはとっさにゴムホースの中に手をつっこんだような、腕全体をザラザラと締め付けられる乾いた圧迫を覚えた。
やがて患者がどおっと横倒しになった。マサキも地面に投げ出されたが、ここぞとばかりに配信装置を地面において、腕をさらに奥へ入れた。
おそらく咽頭。人でいうなら喉仏のあたりで、指先に何かぬるっとした感触に当たった。
ヘビとかトカゲの頭とかだったら嫌だな。そう思いながら指先が滑りそうになりながら指だけで掴み、腕をゆっくり引き抜いた。
腕を抜き切ると、患者のステノニスが立ち上がり、大きくいなないて逃げていった。付き添いで残った前回の一頭がマサキを怪訝そうに見下ろしている。マサキはステノニスに見せてやる。
「たぶん、これだ。君の家族が誤ってコイツを飲みこんでいたらしい」
金属の卵だった。
つるつると磨かれた表面で、大きさは鶏の卵ほど。形はどちらかといえばワニの卵に近い。楕円形で、ライトを照らすと青い光沢を放った。
ステノニスは「いらない」と頭をふる。それから相方が去った方へ馬首をひるがえし、駆けだしていった。
マサキは見送ってその場にへたり込む。それからノートパソコンを取り上げると、卵をカメラの前に持っていった。
〝卵?〟〝ワニか?〟〝馬って卵食うの?〟〝ふつうの馬が卵食ったら蕁麻疹だすわ〟〝三河屋に売ろうぜ。五百万だったら恩返しだ〟
「知らない土地で、知り合いとの再会はプライスレス、じゃない?」
マサキがパソコン画面へ語りかけたら、一斉に〝確かに〟と波が流れていった。
だんだん楽しくなってきた。ダンジョン配信者。
それから、二年が経っていた。
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