脊髄装甲/スパイナルコード~池袋サンライズ60編~

玄行正治

序章

 前



〝うぉおおおおおっ!〟

〝すげぇええええ!〟

〝神回か〟〝まじか〟〝控えめにいって神回か〟

 ノートパソコンの画面に右から左へ流れるコメントの洪水。


 清水沢マサキは、何をやってもダメだった。

 大学は現役で入ったが、二年で休学。正直、燃え尽きた。

 バイトは二年間、手を変え品を変えて転々としたが、どこも三ヶ月すら続かない。その最後の勤め先がきっかけで、衝動的にダンジョン配信をはじめた。

 悪運は強いらしく、ダンジョン配信者としての初潜穽ダイブで第4階層まで進み、第二回潜穽で第8階層まで進んだ。その時に壮絶な現場に出くわした。

 東京都が委託している外資系ダンジョン業者と交戦して駆除された、十八機のヴァリラプトルの死体現場だ。

〝これだけの数相手だとやっぱアーバレストのパーティかな〟

〝これだけの数を重火器なしで倒せんのはスーツ持ちだけだろ〟

 配信画面にコメントがそっと流れる。

 ヴァリラプトルは、ドーベルマン程度の大きさと細い四肢を持つ、二足型トカゲタイプのダンジョンボーグだ。名前は白亜紀後期にフランスで生息したとされるの獣脚類恐竜「ヴァル川の盗賊」に由来する。

 雑食の生態も組織で狩りを行うところも、集団戦の巧妙さまでも元祖を彷彿とさせた。成体になると一部は群れを離れ、小隊として広範囲を移動する習性がある。ここ〝池袋サンライズ60本館〟では第15階層に巣を作っていると推定され、小隊はそこから上階を目指して侵攻する。

 十八機の獲物を目の前に、マサキも腐肉食いハイエナを開始する。ヴァリラプトルの皮が防弾性・防刃性に優れているのは海外でも知られている。貴重な副収入だからだ。

 マサキはダンジョンに護身の武器は何も持っていなかない。喧嘩すらやったことがない人生だ。下手に殺傷能力の高い武器をもてば判断を誤らせる。素人は逃げの一手でいい。その場に踏みとどまろうなんて思い上がり。配信者はヒーローじゃない。ダンジョン内の様子を情報にして視聴者から「投げ銭おひねり」をもらうだけ。視聴者の中には残骸でもダンジョンボーグを近くで見せると、喜んで投げ銭を飛ばす。初回ダイブで、理解した。

〝待て。マサキ。まだ生きてるぞ!〟

 コメントの〝声〟で、マサキは残骸へ近づく足を止めた。


 ヘッドライトを消し、マグライト型のブラックライトを前方に向ける。ダンジョンボーグの中には三原色光に反応して攻撃してくる個体がいるらしい。索敵には紫外線を使っている。

 すると闇の中で影がバタバタと動いている。

〝剥ぎ残しで放棄されたヤツか?〟

〝はい、駆除ミッション失敗~w〟

〝ばかか。アーバレスト側にもけが人が出たんだろ〟

〝とどめ処理を忘れるほどギリだったんじゃね?〟

〝マンハッタン島でも手を焼いてるヴァリラプトルだから、多少はね〟

 委託業者の主目的は各階層の害獣駆除であり、剥ぎ取りは副次的。サンプリングや討伐トロフィーの意味合い以上の採取はしない。これがフリーの潜穽者ダイバーパーティであれば、全固体の剥ぎ取りをする。それが彼らの生業だからだ。

〝マサキ。近づかない方がいい。腕に咬みつかれたら一瞬で持っていかれるぞ〟

 まるでベテラン潜穽者みたいなコメントが流れる。

「間近で、ヴァリラプトル。お前ら、見たいだろ。見たいよな」

〝そりゃあなww〟

「うまく撮影できたら、フォロワー登録、投げ銭。頼むぞ」

〝おk〟〝しゃーねえなあw〟〝金、金、金。騎士として恥ずかしくねぇのか〟

 マサキはカメラを向けて、近づいていく。ドーベルマン程度といわれながら、闇の中でバタバタしているトカゲは情報以上に大きく見えた。

〝なんかデカくね?〟

〝ヴァリラプトルじゃなくねえか。ステノニスじゃね?〟

〝馬型? なんでよ〟

〝ヴァリラプトルの群れが最初に狙ってたやつってこと?〟

〝マサキ。もっと近づけるか。慎重にな〟

 コメントの指示で、マサキも近づく。すると、

〝ステノニスだ。脅かしやがって〟

〝怪我してるな〟

〝トドメ刺してやるのも、情けか〟


 ステノニスは地面で空を掻き、起き上がろうとしながらも、こちらを見つめてくる。

 マサキはライトをダンジョンボーグに回して動けない原因を見つけた。

「なるほど。後ろの左脚を咬まれたんだな。駆動部の動力ケーブルが二本切れてる……これなら、ヴァリラプトルの残骸からサルベージして、なんとか治せるかも」

〝!?〟〝治すとは?〟〝治せるのかよ〟〝その生命を救いたければ、五百万円いただこう〟

 コメントは好き勝手なことを垂れ流し続けるが、マサキの判断に興味を見せていた。リアルタイム視聴者数がみるみる増えていく。

「大丈夫。ダンジョンボーグには痛覚がない。動けなくなったことに戸惑ってるだけだ」

 マサキはブラックライトから通常のヘッドライトを点灯させると、さっそく作業に移った。

 ヴァリラプトルの大腿部を切開して、動力ケーブルを長めに引き抜く。それを安定器に接続して、ステノニスの破損した配線とつなげる。それで電気は通るが、通電が弱い。だが互換性があることは、頭に入っていた。安定器にはわざと通電量を絞っている。バイパス手術中に、安定器ごともって走り出されては困るからだ。

 ステノニスは自分の脚部に感覚が戻ったとわかったのだろう。起き上がろうとして失敗したので、マサキが懸命に装甲を叩いて落ち着かせる。それで大人しくなるのも機械とは思えない感受性だ。

 その後、別の死体からも配線をもってきて、改めてステノニスにつなげ、安定器を外した。

 とたん、ステノニスは起き上がって頭をぶるぶると振った。マサキをじっと見下ろしてくる。

〝クララが立った!〟〝←お前が名前つけんのかよ〟〝←メスだったのかよw〟

「いいぞ。もう行っても。いけよ」

 マサキが手をふって追い払うと、ステノニスは前脚立ちして走り去っていった。

 パソコンの画面を見ると、百花繚乱。色とりどりの投げ銭がコメント欄に飛び交っていた。

「ふぅ。今後ともご贔屓に」


   ◇


 最後のバイトは、東池袋にあるダンジョンリサイクル店〈三河屋〉だ。

 フリーの潜穽者ダイバーがダンジョンから持ち帰ってくる鉱石や金属部品などのガラクタを査定して、買い取るリサイクル店だ。豊北自動車会館ビルの一階にある。

 マサキはそこで金属部品の修理加工として、老店主の補助をやることになった。

「マサキ。おめぇ、ダンジョンは好きかい」

「機械いじりは好きかな。ダンジョンには入ったことないよ」

「おめぇは覚えが早ぇ。生のダンジョンボーグを見たらハマるぜ。これ、やるよ」

 なんとなく褒めてくれた老店主が、その翌週に引退した。

 後任の新しい店主とも折り合いはよかったけれど、その時期からロシア人の客があの老店主を探しに来店するようになった。角刈りの黒コート。

 マサキはとっさに老店主の置き土産がらみかと恐ろしくなり、逃げるようにバイトをやめた。

 老店主から譲られた形見は、ノートパソコンだった。

 筐体も厚く、ソフトも重い。ウィンディ98とか平成時代の化石OSだったはず。でも中身がふるっていた。

「ダンジョンボーグの、分解図?」

 都心部に〝パイルダウン〟と呼ばれる超高層建築物反転現象が起きて、二十年。ダンジョンとそこに住むボーグの生存が確認されて、二十年。いまだにその生態情報はインターネットの外を出ない。行政上、社会混乱をきたすおそれありとして国家機密に扱われ、出版物にして流布することもできないらしかった。

 その池袋サンライズ60跡地ダンジョンで確認されたボーグタイプは六八種類。そのすべてを網羅していた。

「マジか。これ、ガチの形見じゃない?」

 感謝より先に、コイツをどう活かせばいいか迷った。

 あの親爺さんが、これで自分を思い出せという趣旨で託したわけじゃないのは、中にある心肺電気回路図の詳細さを見ればわかる。

「とにかく、これをもっと丈夫で軽いパソコンとOSソフトに移し替えよう。……ぼくが入るのか? ダンジョンに? 廃墟探索じゃないぞ? 廃墟、配信いやいやぁ……。ダンジョン配信者ってたまに摘発されてたよな。見せしめに三十万円の罰金まで取られてたような」

 特定地下建造物侵入罪(通称・ダンジョン取締法)。

 一般刑法の特則にあたる刑事特別法というもので、二〇〇一年の世界的なパイルダウン。二〇〇三年のロックフェラーの悪夢事件。二〇一九年のダンジョン脳症パンデミックを経て、国際条約規定から草案されて制定改正されてきた〝ダンジョン取締法〟だ。少なくともホームレスが駅の地下構内でこっそり寝泊まりしましたレベルの軽犯罪罰則ではない。

 現在、日本国内のダンジョンに入るためには、国家公安委員会の許可制。すなわち探索免許証が必要になる。探索免許証は、探索者になるための訓練学校に二年以上の就学実績がないと取得資格が得られない。それだけダンジョンは危険で、体力もノウハウもいる場所ということだ。

 だが現実は、国内で無免許ダンジョン探索者は後を絶たない。ここ数年はダンジョン内を動画で配信して、広告料で生計をたてる剛の者までいる。

「……お父さん、お母さん。ごめんなさいっ」

 マサキは育ててもらった両親に拝む気持ちで、家電量販店に飛びこんでいた。



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