第4話 きな臭いピクニック
『ダンジョンピクニックぅ?』
スマホから説明したら、東城ミカコから正気を疑う声が返ってきた。
『あんたさぁ、昨日の今日でナニ青春謳歌しちゃってくれてるわけ? 自分の立場、もう忘れてんじゃないでしょうね』
「し、仕方ねえだろ。誘われたんだから。あっ、学校に助言してくれてありがとな。助かった」
『こちとら、あんたの生存能力に賭けてるんだから。つまんねーことで死んだら殺すからね』
「うん。わかってる」
『頭が冷えてるんならいいけどさ……ちょっとまって』
「ミカコ姉?」
『ねえ。マモル。池袋スカイガーデン42階層の、明神ノコギリソウがどうとか言ってたわよね』
「うん。いった。第6階層自生の、サンプリング、二キロ」
『ないわよ』
「は?」
『今、アーバレストで登録されてる今年版のダンジョンマップの動植物分布を見てるんだけど。リストの中に、池袋スカイガーデン42階層のどこにも、明神ノコギリソウは自生してない。池袋サンライズ60の明神ノコギリソウなら、第6階層でツキムラ順天堂製薬が採取管理してることは、結構メジャーだけどね』
マモルはとっさに廊下を見回して階段を昇り、屋上手前の踊り場に座りこんだ。
「学生相手に、企業が依頼段階で分布データを間違ったってこと? それなら、同じ池袋ダンジョン系統だからノコギリソウの種子がそっちに飛んだ可能性は?」
『しばし待て。……よし、キタコレ。スクナビ製薬は、国際ダンジョン保護団体〝ドリームモーライ〟のフロント会社に数回資金提供してる。完全無欠のアウトね。裏があるわよ』
ヤバい。マモルはスマホを耳に押し当てたまま踊り場の窓から外を見た。
「ドリームモーライっていったら、この間の?」
『他にないでしょ。私もあんたも死にかけて、国内のダンジョン業界を敵に回した
ドリームモーライは、海外で有名になった国際ダンジョン保護活動団体だ。
抗議活動と称して、ダンジョンの中にガソリンを満載したタンクローリーで突っこんだり、小麦粉を詰め込んだコンクリートミキサー車で突っこんだりして、全米のダンジョンに悪名を轟かせた。
三ヶ月前の年の瀬。そのドリームモーライが、東京都新宿にその抗議活動にやってきた。掘削現場へC4爆弾を積んだドローンを六機も飛ばしてきて起爆させたのだ。
掘削機械は大破。作業
完全なテロ行為だが、政府はこの件をダンジョン保護団体への厳重抗議にとどめ、テロ認定を見送った。
『マモル。行くなとは言わないけど。注意しなさいよ』
「いや、断るよ。ここは、君子危うきに近寄らずだろ?」
政府がドリームモーライをテロ認定しなかったから、東京は国際ダンジョン保護活動団体を敵に廻していない。アメリカ国内では彼らをテロ認定したことで、ドリームモーライは組織化。世界の大企業数社からの支援を受けてて発言力を持ちつつある。この世界には、反体制組織に喜んで資金をだす金持ちがいるのだ。
けれど日本という国は、いじめられっ子体質のお金持ち優等生ではない。第二次太平洋戦争はないとしても、ガチンコで喧嘩したら国を挙げて相手が倒れるまで殴り続ける気概を隠し持っている。欧米列強も日本を怒らせたらマズいことも知っている。ダンジョンがそのきっかけにならないために、探索者は三十六計、逃げるしかない。
それが東城ミカコの持論で、雇われのマモルは肩をすくめるしかない。
『よく覚えてました。……ああ、そうそう。例の配信者クンだけど』
「配信者クン?」
『あんた、免停一ヶ月食らわされた加害者のこと、忘れたの?』
「あー。ダンジョン動画の」
忘れていたわけじゃないが、ミカコが親しげに呼ぶから、もう知り合いなんだと思った。
『身元がわかったわよ。知りたい?』
「それってまた会うかもだから、一応知っとけって聞こえるんだけど」
『ふっ。データ送っといたげる』
「マジか」
ピロリッ。とメールが送られてきた。
【清水沢真沙輝 24歳 四葉学院大学経済学部IT情報科二年生。休学中。情報演算装置によるクラッキング行為で補導歴17回。いずれも不起訴。
父/清水沢博雅 衆議院議員 帝国大学法学部卒 株式会社清水沢製薬工業 代表取締役。茨城2区当選四回 母/もえこ 専業主婦 姉/理砂 バンクーバー大学院地質学部講師〟
「清水沢製薬工業? アイツ、金持ちの息子なのか」
『創業家の直系らしいわね。私はまだ会ったことなけど。親が立派だと、子供がグレる典型かしら。しかも、彼の動画。
「えっ。それって、もしかして」
『たぶんね。案外、池袋ダンジョンの中を知りたいのは、一般視聴者だけじゃないのかもね』
ダンジョンの中には資源が埋まっている。
誰かが言い出して二十年。ダンジョンスーツ
『彼の動画をざっと見た限りだけど、サンライズ60本館は二年で二四回。つまり毎月潜ってる。最下潜穽は、第8階層まで。無免許ソロ潜穽者にしては慎重派よ。彼』
「会った時も、プロの登山装備だった。小型だけど酸素ボンベまで装備できるようバックパックを改造して背負ってたよ」
『ふーん。バカをやっても脳みその中まで溶けてないって感じか。なんかさ、あんたに礼がしたいそうよ』
「ええっ。俺、なんか恨まれること、したっけ? 逆だろ」
『自分の配信動画で、マモルの探索免許証免停の可能性に気づいたらしいわ。チャットのバケモノどもに指摘されてね。最後に〝この動画見てたら、連絡くれ〟って土下座までしてた』
「うわ、キモい。ドン引き」
『あはははっ。ま、こっちから出せる情報はそれくらいかな。後は自分で決めなさい。いっとくけど、うちはバイトでも潜穽者にシェルパなんてタダ働きはさせない。プロだからね』
「うん。ありがと。友達の誘いは断ることにする」
『よろしい。んじゃ、一ヶ月しっかり家族サービスすんだぞ。あとトレーニング欠かすな。太ったらマジ許さん』
「アイ・マム」
通話が切れるのをまって切ると、マモルはふぅーっと息を吐く。
残念だけど、友達がほしくてこの高専に入ったわけじゃない。金を稼ぐプロの探索者になる技術が欲しくて通ってるんだ。目的を履き違えるわけにはいかない。
それに正直、ドリームモーライには近づきたくない。
「結城たちのバイトどうやって断ろう。……ま、一ヶ月の免停だからな。これくらいの泥はマサキにかぶってもらわないとな」
§
帰宅。
家は、学校から自転車で十分ほどの町工場街にあるアパートだ。
築四十年。モルタル二階建て。六畳二間。トイレ付き。浴室なし。ペット不可。家賃三万円。東京都の物件としては破格の安さだ。震災孤児支援NPO法人から口利きしてもらい、部屋を借りた。
「ただいま」
「あ、おかえり。マサキさん、来てるよ」
美雪は夕飯を作りながら楽しそうに応じた。
冬馬美雪。次の新学期でもう中学二年生になる。
月に一回のダンジョン脳症ワクチンを打たなければならないという制約を除けば、体育時間を休むことなく、部活動に運動部を選択しても構わないそうだ。
美雪がいなければ、マモルは両親や祖母の死から、今も立ち上がれなかったろう。
マモルにとって、美雪は生きる希望だ。妹の幸せだけが、マモルの生き甲斐だった。
そのためには金がいる。絶望の淵の手前で踏みとどまるためには何をさし置いても、金だ。
だがそんな兄の覚悟を、妹は笑い飛ばす。
「それって、お兄ちゃんの幸せじゃないでしょ?」
「俺の幸せは後でいい。お前が不自由なく学校に通って、二十歳こえるまでが俺の責任だ」
「まあ、お兄ちゃんとしては、お父ちゃんやお母ちゃんの親代わりのつもりなんだろうけど」
「けど? けど、なんだよ」
「正直、ウザいかも」笑顔でいわれた。
「ウザいって、お前な」
「お兄ちゃんには感謝してるよ。月に一回のラビリフェリン抑制剤は保険きかないし。でもね。あたしはそこまで、お兄ちゃんに哀れまれなきゃいけない存在なの?」
「美雪。俺はお前の境遇が可愛そうだと思ったことは一度もねえよ」
「一度も。本当に?」
「ああ、一度もだ。むしろ運が良かったと思ってる。俺は……池袋のダンジョンに盗掘に入った時、美雪に取り憑いた病気の末路をこの目で見た。ひどいもんだった。肉はなく、皮膚がただれ、心が壊れて映画のゾンビそのものだった。彼らと同じ道を自分の家族もたどると思ったら、自分の無謀のせいでお前が一人ぼっちになると考えたら、あの場で死ぬに死にきれなかった」
「……うん」
「俺にとって、美雪は大事だ。俺が生きる希望だ。長生きしろとはいわんけど、お前には大勢の孫に囲まれながら死んでほしいと思ってる。それが兄ちゃんの願いだ」
「あたしが働き出すまでは、ミカコお姉ちゃんの下でダンジョンは入るの?」
「ああ。金になるからな。美雪が働けるようになったら、ダンジョンから揚がってもっと安全な仕事につく。給料は安くても、二人で稼ぐるんだから負担も減るさ」
そんな話をこの二年、うんざりするほどやってきた。それでも次の二年も同じ会話をすることになるだろう。病気と金は、どの家庭でも抱えている問題だから。
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