第5話 妹と陰謀リフレクション
今晩のおかずは、キャベツと豚こまの仙台みそ炒め。豚の生肉を片栗粉と日本酒で揉みこんでおくのがコツだ。
「なあ、美雪」
「んー?」
「兄ちゃん。昨日、ダンジョン探索でヘマやってさ。……今日から一ヶ月、免停くらった」
「えっ、学校は」
「土日を含めて月曜日まで、三日間停学処分」
「それって、無職になったってこと?」妹の、兄に対する決めつけがひどい。
「そこまでじゃない。学校は、火曜からまた通う」
「ダジャレで、失敗ごまかそうとしてない?」
「してない。飛び級も特待生奨学金もそのまま。だけど、ダンジョンには来月まで入れない」
「ああ、それで」美雪は俺の視界の外を見る。「ミカコお姉ちゃんにはもういったんよね?」
「うん。ミカコ姉にまた助けられた。今のうちに家族サービスしとけって。太ったら殺すって」
最後の冗談で、美雪は緊張を解いて微笑んだ。
「来月の生活費、ギリギリになっちゃう?」
「うん。だから美雪の小遣いも少なくなるし、修学旅行の積み立ても待ってもらうよう、俺から先生に頼んでみる。短期のバイト探して、少しでも埋め合わせるつもり」
「いいよ。お兄ちゃんばっかりに働かせてるんだし」
「それは、いわない約束だろ……ごめんな」
「謝るのも、いわない約束だった」
兄妹でそろって苦笑して、夕飯を続けた。
「あのぉ、そろそろ。無視するの、やめてもらっても?」
「誰のせいでこうなったんだよ。ノンデリ配信者。晩飯を食わせてもらってるだけ、ありがたいとは思わんのか」
「あ、はい。すんませんでした」
清水沢マサキは肩身せまく、冬馬家の夕食にあずかるのだった。
反省させる。性懲りる奴じゃないから反省しないだろうけど。反省を強いる。ダンジョン内のボーグが発生する規則性はいまだにわかっていない。次は助けてやれないかもしれないのだ。いくら反省してもしすぎることはない。
◆
それから五日ほど、俺はダンジョンから距離を置いて日常をすごした。
「マモル」
市川季鏡と結城秀一郎が席まで来て、マモルを屋上へ連れ出す。
「親のツテ使って調べてもらった結果が、ようやく出た」
結城が切り出した。電話じゃ話せないのは仕方ない。
「どうでした?」
「うん。マモルのいった通り、スクナビ製薬はクロだった。明神ノコギリソウはスカイガーデン42階層にないらしい。あの会社が何考えてんのか知らねぇが。悪かったな。お前まで変なことに巻きこみかけちまって」
「いいっすよ。俺が心配してるのは、スクナビ製薬の真意と、潜穽するみんなのことです」
「ああ。気をつけるよ」
「俺は五日、何も動いてないんですけど。一つ、変なアイディアを思いついたんです」
「変なアイディア?」
「ドリームモーライの次のテロ目標が、
季鏡と結城は顔を見合わせて、同時にマモルを見た。
「ここって……まさか学長・貴船三十郎の辞任?」
「ええ。貴船学長は、東京都とアーバレストに太いパイプがあって、学生でも池袋ダンジョン群に
「はっ。もしそうだったら舐められすぎだな。こっちは成績優秀者をそろえて安全にやるって、学校を説き伏せて潜るんだ。ガキの使いさせられた上に、テロのダシにまでされてたまるかよ」
結城が掌に拳を叩きつけて唸った。季鏡はどこか冷めた目で、腕を広げた。
「社会から、学生が半人前に見られるのは仕方ねっしょ。それよりこの状況、どうリカバーするかしょっや?」
マモルは頷いて、スマホを取り出した。
「それで。エージェントにアーバレストでつかってる池袋スカイガーデン42階層のうち、グリーン区域8階層までの地図閲覧の許可をもらってきました」
「マジかっ!?」声がユニゾンした。
ダンジョンには区域によって危険度が色分けされている。グリーン、イエロー、オレンジ、レッド、ダークネスだ。
グリーンは、自衛隊や警視庁地域安全部ダンジョン課などの制圧部隊で一定の掃討が行われた、比較的安全とされる区域のことだ。ダンジョン探索業の狩猟採集エリアでもある。
池袋スカイガーデン42階層に限っていえば、ダークネス区域の未知層はなく全階層踏破が調査済みだ。レッドが40階層以下の三階層部分のみになっているだけでそこそこ危険ではあるが、ダンジョン科の上級演習やダンジョン探索会社の教練にも使われた実績がある。
「転載はエージェントの責任問題になるので、データは渡せません。今ここで頭に叩きこんでおいてもらえますか」
「いいけど。マモルは、やめろっていわないんだ」
季鏡が皮肉な笑みで、俺を見てくる。
「学生風情が社会正義を語るには迫力に欠けるっすからね。それに出発は明日。今になってドタキャンすれば、製薬業界から学校にバイト案件を廻してもらえなくなるかもしれないっすから」
「うっ。確かに」現実は非情だ。
「それより物は考えようで、万が一の事故がなぜか起きた後のリカバリーを適切に行えば、みんなの学生
「たしかに。じゃあ、相手が銃とか持ち出してきたら?」
「イチ。お前、映画の見過ぎだって」結城が半眼で横を見る。「日本の製薬会社がおれら撃ち殺したら、マフィアかテロリストだろ。短絡的すぎる。考えられるとしたら、落盤くらいか?」
「ええっ、そんな地味なヤツぅ?」
そんな掛け合いも、二人の同級生は楽しそうだった。
「結城。これ」
マモルはポケットから黒い小さな受信機を掌にのせて差し出した。
「なんだ、盗聴器か?」
「スマホ用の高周波アンテナです。東京都内の地下なら、二十階層分まで鮮明な音声で連絡できる実績があります」
「へえ。さすがアーバレスト。技術進んでるぅ」季鏡が目をみはる。
マモルは目を逸らして、
「えーと、いえ。これ……妹が作ったんです」
「はっ?」
「今のところ、アーバレストも地下8階層までの連絡は
「へえ。んじゃあさ、これ特許申請すれば大金持ちでしょ?」
「特許申請すると、その構造部分を公開しないといけないんです。妹とオッサン達は大企業に目をつけられるのを嫌がってるんで、今のところは秘密みたいです」
「なるほどな。コカ・コーラと同じ発想か」結城はワケ知り顔で理解する。
「んじゃ、誰が持つ。結城?」
「いや、おれはいい。イチが持ってろ。万が一、遭難事故になったら、女子を先に歩かせるのが教練セオリだー。おれは
「私が落盤で動けなかったり、死んでたら?」
「お前の荷物からスマホを取りだして、シーマに持たせる。それでいいな」
「オッケー。こうなったら絶対、生きて地上に戻ってきてやんだから!」
季鏡が気炎を上げると、三人でうなずき合った。
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