第3話 池袋段手町高等専門学校
「これで何度目かな。冬馬君」
「申し訳ありませんっ。本件で、五度目です。猛省していますっ!」
池袋段手町高等専門学校・相談室。
担任・山下と教頭・川上の前で、マモルは席を立って深々と頭をさげた。
二人もマモルの家庭事情は知っていた。なので金策に必死なのは理解してもらっている。そこは恵まれていると、マモルは実感していた。
翌日。案の定というか、みみずナントカという配信者との会話内容が、豊島区ダンジョン対策課の現場不正問題でネットが炎上した。生配信だったことも災いして、学校や豊島区でもチェックのしようがなかった。
一方で、マモルのことは新聞には載らなかった。ダンジョン探索での小遣い稼ぎは許可無許可を問わずほぼ日常だった。無許可の探索ツアーで魔物に襲われた被害例も、今では自業自得。自己責任と世間からみなされるほどには、ダンジョンは一般認知されていた。
突如、池袋に現れた地下迷宮は、浅草雷門やスカイツリーなどの観光名所ではない。
「きみの問題沙汰は、いつも人助けが絡んでるのは知ってる。金銭授受は感心しないが、実際に授受はなかったと、きみの雇用主から助言があった。きみはツイているよ」
「はい」チカコには後で拝みメールを送っておこう。
「ただ、五度だ。さすがにこちらの厳重注意の枠を越えた。それは自覚してくれよ」
「はい……」
「ダンジョン所管の豊島区からも、さすがに学生だからと大目に見ることはできないと、口頭でご指導を受けた。行政も私たちも、きみが十七歳で探索免許証をとらせたことを少し後悔し始めている」
「いいえっ。先生方のご指導のお陰で、家族の延命をなんとか繋げることができています。感謝しています。本当ですっ」
「うん。冬馬君。だが今回からはペナルティを受けてもらうよ。ダンジョン探索が若者のアドベンチャーゲームではないことを示さないと、社会的に高専や区の指導が無に帰す。優秀な
「はい」
「うん。では、これから処分を言い渡すからな」教師たちも席を立つ。
【 三年白銀クラス 出席番号13番・冬馬衛 (国土交通省認可探索業者証0221227号)
右の者を、探索免許証の免許停止 1ヶ月 停学3日(ただし土・日曜日も含む)とする
池袋段手町高等専門学校 校長 貴船三十郎 】
◆
「マモっち、明日から停学なんだってえ?」
教室。
同じクラスの市川
マモルは飛び級なので、三年生。マモル以外のクラスメイトはすべて一つ年上だ。Bクラスの生徒は全員、ダンジョン探索免許取得試験に合格している。それがあるとダンジョン調査管理会社はもちろん、警視庁や自衛隊へ就職の追風になるらしい。教室ではそんな進路の話も聞こえてきている。
「先生たちの温情で、月曜だけですけどね。悪いっすけど、今ちょっと家計の一大ピンチなんで」
「じゃあさ。私とデートしてくれたら、お金貸したげよっかあ?」
「いくらっすか?」
「五千円」
「帰れ」
追い払うと、季鏡は爆笑して、マモルの前席の椅子をまたぐ。からかい甲斐のある弟を見る姉の目だ。ネズミをいたぶる猫ともいうが。
「どれだけ欲しいの? お姉さんにいうてみ」
「あればあるだけいいっすね。当座は二〇万」
「免停くらう前のバイト報酬は? でたんでしょ?」
「一応もらえたっすよ。十八万。でも来月のがヤバくて」
「月免停だもんねえ。妹さんだっけ。薬代いくら?」
「月イチで約三万っすね」
「たっか。ダンジョン脳症初期かあ。おためごかしな言い方だけど、大変だね」
「でも続けないと。それ以外の日常生活はいつも通りなんすけどね。あと、春から中二なんで。修学旅行とかの積み立てもしないと」
「そっかあ。なるほどね。お兄ちゃん余計に頑張っちゃうか」
「ええ」
「アーバレストは今回のこと、なんて?」
「契約自体は問題ないといってくれてますけど、来月までおとなしくしてろって。ぜい肉増やすなよともいわれましたね」
「確かに。でもさマモルってラッキーだよねえ。アーバレストっていったら、アメリカのダンジョン業界〈四姉妹〉の一郭。しかも日本国内最新鋭で期待されてる〝
あの動画を見たのか。ま、見るよな。マモルは努めて無表情で目をそらす。
「会社の装備情報は禁則事項なので、ノーコメントです」
「マモルさぁ。うちらの仲でつまんねこというなよぉ。着心地どうなん? 同調具合ちょっとだけ教えてよ」
「えぇ? うーん……二年前に雇われたての時に
「おお、臥竜いいねえ。自衛隊御用達。ふんふんっ、そんで?」
「その時の体感を覚えてる限り、三割増しですね」
「マジかっ。スゲーじゃん」
「それじゃあ、マモル。
クラス長の結城秀一郎までやってくる。
クラス内でのポテンシャル成績はトップだ。気は優しくて力持ち。学年でも人望がある。
五ヶ月前にクラスの顔合わせでまっ先に眼をつけられた。中学の時に受けたようなトイレに連れこまれて脅すようなインシツさはなく、飛び級の実力を見せろと迫られた。
走力。泳力。跳躍力。反射神経。判断力。ダンジョンに関わるすべてのサバイバル能力を競わされた。
結果、結城に勝てなかった。ダンジョン探索は格上の魔物と戦うことはザラにある。一つ年上の人間に勝てなかった。けれど群れのボスに挨拶はすませた。面倒を見て欲しかったわけじゃないけど、なんだか気に入られたらしい。クラスで対等な扱いを受けている。
「〝翔鷹〟は高専のマシン科が毎年チューンプログラムを競ってるから、あれはあれで、もう独自路線はしってるっすけどね。対象外ですよ」
「そりゃそうか。けど〝飛燕〟と比べてどうだ?」
「うーん……子供と大人? ゴーカートとF1?」
「そりゃあ異次元だな」結城はわっはっはっと笑う。
「結城。最新モデルっしょ? こっちは学生。向こうは大手のプロだし」
季鏡がしたり顔でいう。
「くっそぉ。早く学校出てぇ。誰かおれとスポンサー契約してくんねぇかなあ」
「はあ~。結局、就職で物をいうのは、
「イチ。お前、エグいよ」
「現実を見たまえ、結城秀一郎。Aクラス、もう内定もってる子もいるってさ」
「やめろぉ。今のおれに現実を突きつけるの、やめろぉ」
「ということは、あっちは誰も専攻課程には進まないってことっすか?」
池袋段手町高等専門学校は五年制で、専攻課程は二年だ。
結城がたくましいあごを掻きながら、
「ダンジョン科は、マシン科と違って専攻課程は数人かな。
「なるほど。工学系は上目指して、他は就職なんっすね」
「うん。あとダンジョン探索業の法人化の国検査が、一般企業のそれと手続きが同じになったからな。みんな事務所たち上げて、一旗揚げるたいところだな」
「もういいよ、結城。聞いてて将来が虚しくなってきた」季鏡が手をふって、話を打ち切った。「マモルに近づいたのって、あの話する気っしょや?」
「そりゃするだろ。度胸のある
結城は改まった顔で、切り出した。
「停学明けの土曜日、お前。おれ達のシェルパ。やってくんねえかな」
「えっ? どこの仕切りで。どこのダンジョンっすか?」
「仕切りは、スクナビ製薬。場所は、旧池袋スカイガーデン42階層」
シェルパは、元もとチベット山岳民族シェルパ族のことで、エベレスト山脈登山における中腹案内人をガイド業として行っていた人々から来ている。ダンジョン探索補助者のことだ。
ダンジョン探索免許証を交付を受ける講習の中で、このシェルパという準探索者の位置づけがいまだにグレーゾーンになっていて、たまにトラブルの火種になった。
ダンジョン探索者免許証の名義だけを使って、無免許パーティがシェルパで潜入して遭難したり、ダンジョン無免許者をシェルパで雇っておきながら奴隷のようにこき使って負傷、置き去りにされるケースが多発しているからだ。
ダンジョンは登山やキャンプ場ではないといっても、聞く耳を持っていない。
「日数と報酬は」
「日帰りだ。目標階層は、第6階層。そこの明神ノコギリソウとかって薬草のサンプリング採集を二キロ頼まれてる。六人で潜って一万ずつ割り勘にするから、シェルパだと六万かな」
「ちょっと、エージェントに訊いてきていいっすか?」
マモルは、スマホをもって教室を出た。
十分後。マモルは教室に戻ってくるなり、顔の前で拝んだ。
「申し訳ないっす。無理っぽいです。なんか、俺。あの配信者に狙われてるらしくて」
「狙われてる?」
季鏡と結城は顔を見合わせた。
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