第2話 みみずサワーチャンネル
◇
そして、二年後――
「おはこんばんにちは~っ、みみずサワーチャンネル、マサキ、ですっ!」
逃げ足の早い男が、真っ暗な廊下を駆け抜けながら、右手にもったノートパソコンに話しかけている。
「今日も今日とてっ、池袋サンライズ60本館の、二日目っ。第3階層、だっけっ?」
〝なんか必死じゃね?w〟〝今日は何に追われてんの?〟〝お巡りさん、犯人コイツです〟
「今、ガルムに絡まれて、ただいま絶散、逃走中! ちょっとこれ以上は話はできないかもだけど、かわりに追ってくるガルムをお届けしま~す」
聞き覚えのある声に、マモルは露骨に顔をしかめた。
「本部。一般人の声を受信した」
『ふぅ~。もう耳が馴染んじゃった。声紋照合かけるまでもなく彼ね。何度目かしら』
「数えてない。数える気もない。どうする」
『待って。……ガルム六頭に追われてるわね。この逃走ルートからだと、D3S群の巣に首でも突っこんだのかしら』
「本部。心の底から、助けたくないんだが」
『マモル、深刻にいわないで。友達なら逆でしょ。普通』
「友達じゃないから、見殺しにしたいんだ。あのバカを」
『真剣な口調でクズなこといわないの。ダンジョン内で救護責任放棄は、上から叱られるわ』
「なら、アイツのことは見なかったことにしよう。ガルムなら骨も残らん」
『マモルぅ』
「今朝は、星占いで運勢が悪かった。良かれと思ったことが裏目に出る日らしい」
『もぉ。オーケェ。裏目に出たらその時できるフォローしてあげるから、助けてあげて。今回は彼にもお灸が必要ね。地上に戻ったら、こちらで確保するわ。冬馬家の賑やかしがいなくなったら、美雪が寂しがるわよ』
「俺は……静かな家庭を目指してる」
『はい。口答えはそこまで。ガルムが進行ルートを通過。今なら背後につけるわ』
「了解。ふぅ。[江雪03]、進撃開始」
マモルは、暗い地を蹴った。
◇
『おいっ。そこの配信者。のんきにパソコンに話しかけてる場合か?』
〝お?〟〝あ、ダンジョン警察か〟〝三周年でゲスト来た?〟
「うっせ! これがぼくのメシの種なんだよ。死んでも配信は続けてやるっ」
『あっそ。じゃあ、頑張れよ』
「ああんっ! 待ってよ、まもるキュ~ン。タスケテー」
パソコン画面のチャットコメント欄に〝お前、ぼっち配信じゃなかったのか〟〝まもるって誰よ〟〝お前のダンジョンの出会いは間違っている〟〝カノジョできたんなら紹介しろよ〟など凄まじい勢いでコメントが流れていく。
「やった。過去最高にバズってる。雨のち晴れ。今朝の星占いの運勢が大当たりだ」
『ばか。俺の名前を出すな。しね。今すぐ、馬鹿死しろ』
マサキが走りながら振り返り、一瞬だけこちらを見た。
暗所迷彩の非光沢のダンジョンスーツ。白を基調とした赤と黒の迷彩装甲。V字型光学展開ツインアイのバイザー光が守護英霊のように追走してくる。
〝ふほぉおおおおっ! V字型光学ツインアイだ!〟
〝アーバレスト・ジャパンの[
〝去年発表されたばかりの最新型だろ?〟
〝ガルムの後ろから追走してきて六機秒殺とか、どんだけハイスペックだよ!〟
『おい、配信者。配信を消せ!』
「無理。同接八万超えてるんだ。これはご祝儀もデカいよぉ」
『世間がお前を祝っても、俺は呪ってやるからなっ。いいから、消せ!』
「後ろから、追加4。急速できてるよ」
マサキは画面越しに後ろをバッチリ見つめているのだ。
『ぐっ……俺はもう撤収するッ』
「マモルきゅん。このライブ配信で、三万は出せるからさぁ。助けてよぉ。人命救助だゾ」
『ウゼぇよ! ううぅ。なら五万だ、いや違うっ。今のは撤回――』
「いいよ。契約成立ね。あとよろしく」
くそが。悪罵を吐き捨てながら、暗所迷彩はその場に急反転して踏みとどまり、背中を向けた。うなじから腰へ、背骨にそって緑がかった青のランプが輝灯していた。
〝今夜は最高かっ!〟
〝[飛燕]の
〝ふつくしい国産ブルー〟〝眼福〟〝皆の衆、拝め!〟〝素晴らしい。言い値を出そう〟
物見高い視聴者が次々と高額色の投げ銭やらギフトやらを投げていく。
§
「[江雪03]。応答して」
アーバレスト・ジャパン地下二階。作戦司令室・探索者ブース。
『こちら[江雪03]。ポイントE5C832。目標の巣を破壊した』
ミカコは操作卓で打鍵して、モニターで位置を確認する。
「位置を確認。生命反応1。ミッションコンプリート。ご苦労さま』
『巣に身元特定できそうな遺品が多数。前回破壊した巣を再利用して棲んでたらしい。警務班の要請求む』
「本部、了解。警務班を同位置に向かわせるわ」
年間いくらダンジョンで遭難死してるか報道されているのに、一攫千金という名の自殺願望者が後を絶たない。
『マサキは』
[飛燕]のメインカメラから前を走る配信者のPCレンズを通してハッキングし、清水沢マサキの特定追尾はできている。ただ、ライブ配信なので会話内容まで止めることはできなかった。マサキは証拠を残さないために映像と音声データをパソコン内に残していない。視聴者が録画しても、それは記録改変とみなされ証拠にならない。行き当たりばったりなようで頭脳は冷静周到だ。
「上階へ昇ってきてる。大丈夫。追尾できてるわ」
『よろしく。ミカ姉。聞いてた?」
「当然でしょ。まだまだ修行が足りないわね」
軽く叱ると、音声から「ごめん」と少し苦笑じみた声が洩れてきた。
アーバレスト・ジャパンに雇われても、待遇は委託先の東京都公務員服務規則にのとって行動しなければならない。つまり、マモルのバイト身分は、非常勤地方公務員だ。
東京都公務員服務規則により、利害関係を有する相手から金銭や利益の贈与を受けて、便宜を図ってはならない。
覆水盆に返らず。配信中の会話から金銭授受の約束が世界に向けて流れてしまった以上は、現場判断で不問にするには、まずその金を受け取らなければいい。道義的には、それだけだ。マスコミも垂れ流されてる動画で追求すれば下策と理解している。機体はすでに発表済みだし、知的財産権からも反証できる。この件はもみ潰せる。
「大丈夫よ。今回ばかりはマサキが悪いから、彼に満額被ってもらいましょう」
『できるのかよ』
「簡単よ。彼を警察署で勾留期間の丸二日間おとなしくしててもらうだけ。ただ、彼の配信チャンネルは十代・二十代のフォロワーが多いから、学校の耳に入ることは確定ね。ちょっと面倒だけど誠実に行動。いいわね。後はまあ、大企業の力を信じなさい」
ネット上で、ないものをさもあったかのように見せて腹をまさぐってくる報道痴漢が湧くかもしれないが、いちいち相手にしてやらない。
東城ミカコには確信があった。
冬馬マモルはあの
この程度で彼を見捨てたりなんかしない。
そしてこれは共存共栄でもあるから。
二年前から私には彼の力が必要で、彼は私のお金が必要なのだ。
二人で一緒に、地下を潜る世界で、のし上がるんだ。
『[江雪03]。帰投する』
「了解。地上で待ってるわ。マモル」
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