第10話 「音楽」「午後の曳航」 三島由紀夫著

 「小説家」三島由紀夫を知ったのは中学に入った年、池袋の東武百貨店で開催された展示会に母が連れて行ってくれた時のことだった。母が特に三島を好んで読んでいたかというと、そういう訳でもなく、どうしてその展示会に僕を連れて行く気になったのか、母が鬼籍に入った今となってはもう知ることはできない。展示会は盛会で人混みの中を縫うようにして僕らは飾られていた彼の写真を見たのだけど、小説家というより「武道家」の雰囲気を漂わせた写真が多かった記憶がある。彼自身、柔弱を思わせる小説家という職業に戸惑っていたのか、そんな思いがする。

 その展示会で僕は初めて彼の本を手に取った。新潮文庫版の「仮面の告白」であった。そこに描かれているストーリーは僕に取ってはまだ刺激的すぎて残念ながら途中で挫折した。

 その後、僕が三島を本格的に読み始めたきっかけはここに挙げた「午後の曳航」を読んだときである。思い返すとこの小説を読んでいた頃通っていた中学は、国立大学の附属中学で小学校からそのまま上がってきた生徒と中学から入試で入った生徒が混じって編成されていて、そのせいか中学から入学した組にはなんとなく小学校からの組から疎外されている感があった。やがて中学から入学した組は疎外感を抱えたまま互いに緩く結びつく集団と、積極的に(と言えば聞こえが良いが)小学校から上がってきた組にアプローチする組と別れて、そうやってある意味マジョリティに媚びへつらった者が前者を疎外するという変な流れも生じたのである。

 僕は前者の方であった上に、中学時分には今と違って随分と背が低く、クラスで前の方から2番目とか3番目。中学生なんて精神的にはまだ動物みたいなもので体格の大きさという物理的なファクターは結構ものを言うので、それほど激しいものではなかったがやはりいじめみたいなものを感じた。

 読み始めたのがちょうどその頃の事だったので、主人公である横浜の中学生が、仲間とつるんで復讐をするという構図に惹かれるものがあったのかもしれない。だが、その後僕に対する虐めはある事が契機になってあっけなく終わった。今でも覚えているが、新井くんという僕と同じくらいの背丈の小学生からの昇級組が、何か僕に仕掛けてきたときがあって、怒った僕は彼を追いかけ回した。彼は逃げ回った挙げ句、二階の窓から飛び降りて逃げ、僕も彼を追っかけて二階から飛び降りて彼を捕まえた。よくもまあ、そんな危ない挙動が教師に気づかれずに済んだものだけど、以来僕に対して虐めはめっきりとなくなった。幼少期に背の小さかった人間ほど、精神的な圧迫を受け、利かん気になるというのは俗説ではあるだろうけど、そういうメカニズムが働く個人というのは存在すると思う。

 三島も学習院初等科の頃は体が貧弱で、旧友に揶揄からかわれたらしい。色白で虚弱な体に彼はアオジロという渾名をつけられたが、「おまえの睾丸こうがんもアオジロか」と揶揄やゆされたときにズボンから逸物いちもつを取り出して揶揄った相手に「よく見ろ、アオジロか?」と迫ったという話がある。こんな話は三島でなくてもありそうでどうでも好い逸話ではあるが、三島が体格的なコンプレックスを生涯抱き、そのために体を鍛え上げたというのは本当だろう。よほど意志の強い利かん気だったのであろう。そうした年代のなんとなくもやもやした「良く分らない感情」という共通項が中学生の三島の行動にもこの小説の「登」という主人公の感情にも存在するのだと思う。

 そして、もう一つ、あの神戸における「酒鬼薔薇聖斗さかきばらせいと」の殺人事件というおぞましい事件があったとき(事件は「午後の曳航」が上梓された34年後、1997年に起きた)に「少年A」と呼ばれ、以降重大な少年犯罪の代名詞ともなった「少年A」が神戸新聞社に宛てた手紙とニュアンスが類似した少年(たち)の「闇」の感情とそれにそぐわない「少年法の濫用とも取れる」脱法行為に関するステートメント・・・(正確に言えば神戸の事件では少年Aは犯行時14歳になっていたので刑事責任は逃れなかったが、少年法の対象として収監はされず少年院を8年で退院している)。

 登とその仲間を「支配」している首領の言葉にある少年法の穴を衝いた「小狡さ」「狡猾こうかつさ」に実態的な少年犯罪と「少年法の精神」の乖離を感じたのだけど、それが現実として提起される契機になったのが横浜と神戸という場所は違えど、同じ港町で起きたということは強い印象になって残ったのだと思う。


 ただ、そうした青春時代を経て海外に合計13年居住し、日本に戻ってきた時に僕の書棚に残っていたのは「音楽」という小説であった。実はこの小説を読んだ記憶は完全に消失していていつ、どこで購入したのかも覚えていない。(果たして読み終えたのかどうかの記憶も定かでなかった)三島の小説は「午後の曳航」や「金閣寺」「潮騒」「豊穣の海(全4巻)」のように購入した時期とその背景をくっきりと思い出すことのできるものとそうでないもの(これ以外には「鏡子の家」「青の時代」などがそれ)が分かれていて、「音楽」は後者に属する書物である。

 どうしてそうなったのかを確かめたくなって、読み返してみた。読み返すとぼんやりと粗筋あらすじが蘇ってきたが、それ以上のことはないまま読了した。小説を通して感じるのはこの小説を記すに当たって三島が「精神分析」に関してかなり「勉強」をしたであろう、という経緯であり、だが逆にそれが三島らしさを「そこなう」方向に動いてしまったのではないかというものである。

 ストーリーとして見ると「兄」を愛してしまう、というケースはしばしばありそうな状況であり、もしかしたら「兄」の子を産みたいという願望を持つ女性もいるであろう、そして「そのために自らの子宮」を空けておくと考えるやや特殊な方向に思考を向ける女性も存在するかもしれない。

 そうした女性が「音楽」が聞こえないという表現でオルガスムスの欠如を精神科医に語るというケースもあるかもしれない。そうした病状があるきっかけを機に「解放され寛解する」という事もあるのだろう。だが so what? という質問がどうしても湧き上がってくるのである。その景色に共感できないのは「読者」の責かもしれないが、実は愛人の前で兄と性交をしていた、とかその兄がドヤ街で落ちぶれていて・・・とかいう結末に至る筋を否定するわけではないが、主人公の女性にそうした経緯が(僕の心の中で)うまく重なっていかないのかもしれない。

 そうした違和感は三島ならず、スタインベックやスタンダール、モーパッサンやレマルクでも起こることであり、音楽でもマーラーやブルックナーでは屡々起こることであって、作者と読み手(ないし聴き手)が全人格的に重なる物ではないという事実を提示するだけである。というか、そうした「ずれ」こそが作者や読者の心の有り様を示すとも言える。

 その三島の僕に取っての代表作と言えば、僕個人としては晩年、というか年齢的にはまだ壮年の時期に書いた「豊穣の海」の4巻で三島の作品の中で唯一本当の「長編」であった。もし彼が蹶起けっき、自決などしなかったなら、どれほどの小説を書いたのか、或いはあの小説が彼の限界で必然的に彼の最期を飾るべきものだったのか、なかなかそこのところも良く分らないのである。

 他にも読むべき小説はある。特に「潮騒」は五回も映画にもなった。本来なら「午後の曳航」の方が映画に相応しい内容だと思うのだけど、「潮騒」の醸し出すみずみずしいエロイズムが映画人の本能を刺激したのも理解できる。だがどんなに出演者に(例えば山口百恵さんに)惹かれる事があっても、僕に取っての初江(この名前はダフニスとクロエのクロエから想起されたのだろうか?)は女優ではなく頭の中で想像する瑞々しい乙女であり、永遠に少女であり、或いは破瓜されたばかりの女なのである。ああ・・・「潮騒」も読みかえしてみたくなったなぁ。今日、東京駅の近くにある「丸善」に行く用事があるから買ってみようかしらん。


「音楽」 三島由紀夫著 新潮文庫 み 3 17 ISBN 4-10-105017-1

「午後の曳航」 三島由紀夫著 新潮文庫 み 3 15 ISBN978 4-10-105046-1

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