共感性羞恥で私と梓以外の全人類が滅亡するまでイチャコラしてしまおうか!?
座椅子をフルフラットにして、二人並んで寝転ぶ。
こっそり忍ばしていた腕枕に驚いていた梓だが、おずおずと首元を預けた。
そのまま体を横にして、抱きしめる。しかし彼女は胸の前で腕をクロスさせているので、完全な密着はできない。
「ごめん、腕、邪魔だよね」
笑っているような、泣いているような、焦っているような声で彼女は言う。
「梓がきつくなければいいよ。でもこれ……私ガードされてる?」
「こんな状況初めてだしどうすればいいのかわかんなくて……」
「私の背中に回せばいいよ」
「無理……心臓爆発して死んじゃう……。あのね。引かないでほしいんだけど……私、初めて……恋人、できたから……」
引く? ありえない。彼女の魅力に気付けなかった者、及び気づいたものの怖気づいて関係を縮めなかった全ての者達に感謝だ。
「私は嬉しいよ。梓の初めての恋人に、私を選んでくれて」
「本当?」
「当たり前じゃん」
「良かった……まさか……好きな人とこんな風になれるなんて……思ってもみなかった……」
じんわりと愛おしさが滲み出て、二人の間にある空間がもどかしい。
「梓、向こうむいて」
「……こう?」
言われた通り私の腕の中で反転して背を見せる梓。彼女を守る両腕はなくなり、私はようやく、きつく抱きしめた。深く、厚く、密着する。
ついでに首筋へと軽く唇を添わせ、梓の華やかな髪の香りを静かに堪能した。
「これ……バックハグ?」
初めて口にする食べ物を確認するように梓は言う。
「……慣れてるんだね。…………あ、明日香さんは、前に付き合ってる人……いた?」
「学生のころとかは、まぁ」
どの回答が一番良いか逡巡したけれど、間が空いて不信感が生まれるのは嫌なので短く答える。
「そっか……」
嘘にならないギリギリのライン。正確には学生時代にも、だが。
私が梓と出会うまでにどんな人間と肌を重ねてきたかなんて、どう面白可笑しく語ったところで不快に、不安にさせるだけ。これから先も語ることはないだろう。
「今は梓の彼女だよ」
「うん」
梓の胸中が空間に溶け出して、暗闇が深くなっていく。
私だったら、と考える。そりゃあ、嫌だろうな。経験値に差があるのは大きな不安要素だろう。自分を卑下してしまうかもしれない。
「ねぇ梓」
こういう言葉を言い過ぎるのは良くないと経験上知っているが、付き合った当日の今日くらい良いだろう。スタートダッシュキャンペーンだ。
「……大好きだよ」
なるべく耳元に唇を寄せて、小さく小さく、微かに呟いた。
共感性羞恥で死人が出るような愛情表現も――使い所を間違えなければ――恋愛感情がもたらす暗い影も払拭できる。それともどうだろう、いっそのこと共感性羞恥で私と梓以外の全人類が滅亡するまでイチャコラしてしまおうか!? それから思う存分――。
「…………もう許してぇ」
はにかんだ声でそう言うと、ぶくぶくと沈むようにブランケットを顔まで被ってしまった梓。
覆いきれずに溢れている小さな耳は、月明かりに照らされ真っ赤なのがわかる。
「ぎゅってしてくれたら許してあげる」
「ん~」
梓はもじもじさせながらこちらへ振り向き、今度は私の背中へと手を回してくれた。意趣返しなのか、これでもかと力を込められる。
体の芯からじゅんと、温かい愛おしさが滲み出した。両目から溢れてしまいそうになり、口を固く閉ざして堪える。
いつか、同じことを言った時に「はいはい」と流されてしまう日が来るんだろうか。
そんな梓も見てみたいな。
そうだ、ちゃんと見つめていよう。彼女が変わっていく過程も、変わった後も、ずっと。
「明日香さん」
「なぁに?」
「大好きです。私も」
ああ、抱きしめる側で良かった。髪の毛の香りを堪能できるから。彼女の唇が胸元に当たって気持ちいいから。そして――たった一言で真っ赤になった耳を、見られないで済むから。
私から告白しようと思ってたんだよ!?本当だよ!? 燈外町 猶 @Toutoma
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