私から告白しようと思ってたんだよ!?本当だよ!?
燈外町 猶
告白の作法、ムズすぎ問題!
状況を整理しよう。
新卒で入社した会社を二年目にして先月辞めたことを芯から悔いているらしい
まだ出会って三ヶ月だが、彼女の人に優しすぎていろいろと考え込んでしまう性格は大変生きづらそうに見える。力になってやりたい。けれど私も近しい性質を持っていて、なおかつ改善方法なんて知らない(知ってたら自分でまず実行したい)し、どうにも力になることができない。
兄の紹介で知り合って、ラインでやり取りをして、会って、散歩して……その繰り返し。
今日はいよいよ四回目のデートだった。四月も半ば、盛りを過ぎた桜並木での散歩を終え、「来年は見頃に来ようね」と約束をした。
その後パン屋で互いに二種類ずつパンを購入し、予定通りに私の家へ。
お笑いのDVDを二枚分――彼女が持ってきてくれたものと私の家にあったものをそれぞれ――見終え、そろそろ帰さなくてはなぁなんて気怠い空気の流れる十八時ちょっと前。
幅の狭い座椅子で二人、身を寄せ合って沈黙を堪能している。
この状況で私が行うべきことはたった一つ。
――告白。
そう、告白。愛の告白。恋人になってくださいという懇願。
ああ何をやっているんだ私は。いつになったら告白をするんだ。
そもそも私は三回目のデートで絶対に告白するぞと意気込んでいたし、なんなら二回目のデートだってチャンスがあれば気持ちを伝えようと鼻息荒く夢想していたはずだ。
それがタイミングを逃しに逃し、今や四回目。しかも大事な大事な四回目のお家デートももうそろそろ終わろうとしている。
だってさぁ、告白の作法、ムズすぎなんだもん! 基本は三回目のデートで? いい感じの雰囲気になったら?
条件がありすぎる! 掛け算の繰り返しで方程式が無限に増えていくのよ! こっからどうやって正解を導き出せって言うの! 無理? 無理なの!? 私は告白しない方がいいの!?
いやダメだよ言わないのはありえない。今日言わなかったらもう一生友達としてしか認識されなくなる!
わかってる。それはわかってるの、でも心臓がうるさくて言葉がまとまらない。
どうでもいい言葉はベラベラ溢れ出るくせに、大切なことを言おうとすれば臆病な心が足首をガッチリ掴んで決して喉を通そうとしない。
これまでに人と付き合ったことはあった。けれどそれは全て異性であり、全て相手から告白されてきた。
同性、かつ年下の相手に、自分から告白するなんて前例がなさすぎる!
大丈夫だよね? だってうちまで来てるんだよ? 私だったら相手の家まで行くの相当心を許してなきゃダメだし、いやでもそれは異性の家だから? もうわからん。わからんよ……!
「明日の最終面接……怖いなぁ」
彼女がポツリ、天井へと放るように呟いた。
DVDを見る時に電気は消していて。さっきまではカーテンを通して夕焼けが差し込んでいたけれど、気づけば日も落ちて部屋は真っ暗だった。だからだろうか。彼女の声が、少し、大きく聞こえる。
「中途採用は一次面接通ったらほぼ決まったようなもんって婆ちゃんが言ってたから大丈夫だよ」
「すごい、就活に造詣の深いお婆ちゃんだ」
梓の言葉に力ない笑いが混ざる。
「……久しぶりに面接たくさん受けてるけど……やっぱりストレス溜まるね」
「知らない人と長時間お話するってのが、もう、ね」
「そうなの。でも、まぁ、行くしかないもんね。それに行っちゃえばどうにかなるし……うん、頑張らないと」
脳内を無数の返答例が駆け巡る。『そんなに頑張らなくてもいいんじゃない?』『私は応援するよ』『私も頑張る! 一緒に頑張ろう!』
どれもしっくりこない。不正解ではないけれど、正解では――彼女が求めている言葉でも、私が言いたい言葉でも――ない気がする。
「
暗闇の中、返答がないから不安に思ったのだろう。彼女の声音が近くなった。顔をこちらに向けたんだと思う。
「あー……」
私も暗闇の中に、前置きにもならない枕詞をぽいっと放り、ようやく答えた。
「ぎゅってするとストレス発散になるらしいよ?」
言った瞬間、心臓が爆発的に高鳴った。これは……やってしまったかもしれない。違う……私はその、チャラくなんかない。軽くなんかないのに……!
「それは……なんて、答えればいいのかな……?」
ほら! めちゃめちゃ戸惑ってるじゃん! 一旦方向修正しよう。
「あー、ほら。大きいぬいぐるみとかをね、こう、むぎゅっとするとストレス発散になるんだって。持ってる? そういうの。私結構ぬいぐるみ好きでさ、最近だとあれだね、サメのぬいぐるみ。イケアのさ、サメのぬいぐるみ知らない? 一時期流行ったんだけど……」
「そうなんだ。大きいぬいぐるみは……もって、ない、かな」
「そっ…………か」
どうしよう。緊張で喉がカラカラだ。そういえば彼女もさっきから全然アイスティーに口つけてないな。喉乾いてないのかな。ダメだ、緊張のし過ぎで集中力も切れてきた。頭がなんだか、ふわふわする。
「じゃあしてみる? 私に」
「……いいの?」
「もちろん。おいで」
闇に慣れた視界の先で、彼女はうつむきがちにこちらを見ている。両手を広げると、おっかなびっくりに、私へと上半身を預けてくれた。
胸が高鳴っているのに妙に落ち着く。傍に居たい。寄り添っていたい。愛おしい。ただずっと、こうしていたい。
「どう? ストレス……減っていってる?」
「わかんない。ドキドキしすぎて、何もわかんない」
それからはお互いに口を開かず、ただずっと抱き合っていたが、「体勢きつくない?」「ちょっときついかも」そんなやり取りを経て一旦彼女を解放する。
「ねぇ、私達、付き合ってないよね?」
彼女が零したその言葉に、思わず背筋を正した。さっきがピークだと思っていたのにまだ上がるのか心拍数。
「まだ、うん、まだ。でもね、私は「好きです。明日香さん。私と付き合ってください」
おたおた言い訳を重ねようとした私へ、彼女は両手を差し出してそう言った。
慌ててその両手を取ると、切なくなるくらいに冷たい。
同じだ。私も極度に緊張をすると手足の末端が未曾有の寒波に見舞われる。
けれど、手を取った私が冷たさを感じたということは、私の方が温かいということ。つまりは私なんかよりも彼女の方が、今、ずっと緊張しているのだろう。
「……ずっと言い出せなくてごめんね。私も梓のことが大好きだよ。ずっと好きだった。こちらこそ、私と付き合ってください」
今更何かを取り繕うことなんてできるはずもなく、私はもっとずっと前に話すべきだったことを口にした。
彼女の指先をこんなにも冷たくした女を、今すぐにでも殴りつけてやりたかった。
「……本当に? お付き合い、してくれるの?」
「本当に、よろしくお願いします」
こうして私に、五年ぶりの恋人が――初めての彼女が――できた。
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