彼方

幻影

 玄関を開けると中には暗闇が詰まっている。


 それが嫌で僕は玄関の明かりをつけたままにする。


 それなのにどうやら電球が切れてしまったようだ。


 暗い玄関を手探りで進み、部屋の明かりのスイッチに触れた。

 

 パチン…


 部屋に明かりが灯ると同時に一瞬だけ君の残像が見えたような気がする。


 あの日と同じクリーム色のスカートと白いブラウス。


「はるか…?」


 馬鹿げている。


 声に出してそう言った自分に嫌気がさした。まだ僕は抜け出せてなんていない。


 今でもずっと居なくなった君の幻想を追いかけながら、僕は生きている。


 一時期は死んだように生きていた。


 ただ代謝するだけのナニカだった。



 そんな僕が今こうして歌うのも、息を吹き返したのも、やっぱり、今はもういない君の力だった。


「ふぅ…」


 溜息をついて僕はソファに崩れ落ちた。


 そして今日の出来事を思い返す。


 そう。君の目によく似た目をしたあの娘に僕は言わなくてもいい事を言った。


 きっとそれが原因でまたハルカの幻を見たんだ。


「自分が嫌んなるよなー」


 棚の上に飾られたハルカの写真。今日はそれがどことなく怒っているように見えた。


「わかってるよ…オレはずっとハルカのために歌うから。あの娘はただのファンだよ…」



「何も特別な気持ちなんてない」


 そう。何も特別な気持ちなんてない。ならどうしてあんな事を言ったんだろう…?


 僕はソファで目をつむり、過ぎ去った帰らぬ日々に思いを馳せた。


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