靄の正体

「ただいま」


 口から出る不機嫌な声。鏡に映る不機嫌な顔。それはすぐに家族にも見透かされることとなる。


 それでも私は不機嫌を撒き散らすことをやめられない。


 するとついに母がキレた。


「何があった知らないけど話す気もないなら八つ当たりしないでちょうだい!!」


「別に八つ当たりなんかしてないし…」


 不貞腐れた表情で母をちらりと盗み見る。図星をつかれて真っ直ぐに母の顔が見られない。


「ならその態度やめな!」


 ピシャリと突きつけられた母の言葉に無性に腹が立った私は呼び止める母を無視してリビングを飛び出した。


「あぁ最悪っ!!ただでさえイライラしてるのになんなの!?」


 ベッドで悪態を吐きつつも、胸の奥では先程と類似した焦燥感が渦巻いていた。


 身勝手な自分。


 好きと言いつつ、八つ当たりでないと言いつつ、何よりも優先されるエゴ。


 沙織にも母にもそんな自分を見透かされたようで恥ずかしかった。


 恥の上塗りとはよく言ったものだ。


 この靄の正体は、この苛立ちの正体は、恥を上塗りして無かったことにしようとする身勝手な私の心から滲み出した真っ黒なペンキだ。


 そのことに気が付くと同時に私の頬に冷たい涙が線を描いた。


 それが解ったとてすぐには変われない。それはさらなる焦りになって私の心にのしかかる。


 いつのまにか涙はとめどなく溢れて決壊していた。ついに小さな嗚咽が漏れようかというそんな時だった。


 

 コツ…コツ…



 突然、誰かが窓を叩く音がした。

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