第15話

 愛馬バヤードを駆けさせ、いまだ混乱している敵本陣を突っ切る。


 数十メートル先に敵の大将が見える。二十人ほどの近衛騎兵を引き連れ、戦車に乗って逃げている。


 ここで逃がせば、オリアナの作戦も領民の頑張りも、全て無駄になる。絶対に逃がしはしない。馬に拍車をあて、全速力で駆ける。


 ふと、前方を走っていた騎兵たちが二手に別れ始めた。戦車は変わらずまっすぐ走っている。何をするつもりかと訝しんでいると、彼らは急にUターンして、こちらに向かってきた。二手に別れていたのが再び一つに合流し、我が身も省みず突撃してくる。


 くそッ。

 思わず舌打ちしながら、手綱を引っ張り、無理矢理方向転換する。


 そのおかげか何とか正面衝突を避けることができた。しかしすれ違う時に馬の胴と胴がぶつかり、よろめいてしまう。


 さらにそこに騎兵が迫ってくる。今度は逆方向に手綱を引っ張って、何とか間一髪避ける。


 だが避けた先にも、また騎兵。目と鼻の先に迫っていて、もはや横に避けている時間はない。私は苦し紛れに手綱を引いた。


 一か八かの賭けだったが、我が愛馬は十二分に応えてくれた。騎兵の頭を飛び越え、何とか事なきを得る。


 だがこれは、稀代の名馬バヤードだから出来ることだろう。他の馬では、こうはいかない。

 そう思いながら後ろを見ると、やはりガラオールたちが突撃を受けて、馬ごと倒されたり、足止めを食らっていた。


 敵は二十人、こちらは私を除いて八人。このままだと厳しい戦いになるだろう。

 それでも私は、彼らを放置して駆け出した。


 今何よりも優先すべきは、敵の大将首を取ることだ。それが兵力で劣る私たちが勝てる唯一の道筋だ。結局は首を取ることが、ガラオールたちの命を救うことにも繋がる。

 みなの命運を背負って、馬を駆る。


 しかしすぐに気付く。前方に肝心の敵大将がいないことに。


 どこだ!?

 素早く視線を巡らす。

 そしてすぐに戦車の姿を捉える。戦車は大きく弧を描き、自陣に戻ろうとしていた。


 そういうことか……!

 内心で舌打ちをした。


 臆病風に吹かれて、真っ先に逃げ出したと見せかけて、その実、兵士が戦えるようになるまでの時間稼ぎをしていたのだ。そして今しも態勢を整えた兵士たちの元へ逃げ込もうとしている。


 もしこのまま逃げ込まれれば、さすがの私でも仕留めきれない。そうなれば全てが水の泡となってしまう。必ずここで仕留めなければならない……!


 そう思いながら馬を走らせるが、戦車との距離は、わずかずつしか縮まらない。気ばかり急くが、バヤードはこれ以上速く走れない。焦燥がジリジリと我が身を焦がす。


 ふとその時、風が吹いた。


 いやそれは、風ではなかった。剣だった。私の真横を通過した剣の剣圧が、私の頬を撫でたのだ。


 背後から放たれたその剣は、風を切り裂いて、まっすぐ飛んでいく。そして戦車の右前輪の車軸に突き刺さり、破壊した。戦車はバランスを崩して横転し、敵大将は投げ出された。


 私は馬を走らせたまま、一体誰が剣を投げたのかと振り向く。

 視界が捉えたのは、義兄上だった。半身になり、力のかぎり振り下ろしたであろう右手には、剣が握られていなかった。


 義兄上は切りかかってくる敵の剣を腕で受け止めると、そのまま素手で戦い始めた。

 言葉もアイコンタクトもなかったが、彼の思いはその背中から痛いほど伝わった。


(後は頼みました)

(任せろ、義兄上……!)


 無言の信頼に背中を押され、私は強く駆けた。


 一方敵大将は投げ出された場所で立ち上がり、こちらを向いて剣を構えた。逃げきれず無防備な背中を切られるよりは、正面から戦ったほうが勝算があると踏んだのだろう。


 私は一切速度を落とさずに駆ける。どんどん敵に迫っていく。10メートル、5メートル、3メートル――瞬間、双剣を大きく振りかぶる。そして気合い一閃、渾身の力を込めて横に振り抜いた。


 ビュッ。

 空気を切り裂く音がした。


 しかし敵大将は無事だった。あわや剣が届かんっ! というすんでのところで横っ飛びし、回避していた。


 私はすぐさま馬から飛び降り、地面に滑りながら着地する。そして相手を見据えて双剣を構える。


 敵大将も横っ飛びした先で剣を構えてこちらを見ている。その瞳に恐怖の色は全く浮かんでいない。


 ほう、と私は感心した。

 目の前にいる男は、決して臆病でも無能でもない。真っ先に逃げ出したのは時間稼ぎのためであったし、私と戦うことに、死の危険があることに、微塵も恐怖を感じていない。ただ周囲の状況を冷静に判断し、国のために最善を尽くしている。まさしく一軍を率いるにふさわしい将の器だ。

 相手にとって不足なし。私は獰猛な笑みを浮かべる。


 背後では敵兵が自分たちの主を救おうと、大地を蹴立てて迫ってきている。彼らが到着するまでに決着を着けなければならない。


 お互い悔いのない闘いをしよう……!


 心の内で語りかけながら、双剣を握る手に力を込め、駆け出した。

 それを見て敵大将も大地を蹴る。二人の間は瞬く間に縮まっていく。


 そして互いが間合いに入る瞬間、私たちは同時に動いた。

 敵大将はずっと正眼に構えていた剣を後ろに引いた。突きの構え。あたかも弓の弦をギリギリと引き絞るように後ろに溜める。そして放つ。

 一方私は飛び上がると共に、くるっと一回転。その勢いを上乗せして、全力で双剣を振るう。


 わずかに私の方が早い。相手の剣が届くより早く、相手の腕が伸びきるより早く、煌めく二つの刃が相手に肉薄する。


 だがその瞬間、敵大将は消えた。

 と錯覚するほど素早く頭を下げた。突きを放っていた姿勢のまま、深く腰を落とし、両腕を垂直に下げた。


 まさか全力で突きを放っている途中で、急に取り消せると思っていなかった私は舌を巻く。双剣は空振り、切り裂かれた空気だけが空しく悲鳴を上げる。


 宙に浮いていた私は、そのまま剣の勢いに引っ張られ、もう一回転する。その回転する視界の端が捉えたのは、私を切り上げようとしている敵大将の姿だった。

 わずかに口角が上がっている。勝利が間近に迫り、普段は抑えている感情が無意識に表れたのだろう。


 だが……!

 それがなんだ!


 今まで何度も危機を乗り越えてきた。その度に積み重ねてきた誇りが、体を突き動かす。私は回転しながら回し蹴りを放った。


 かかと部分が剣の側面にぶつかり、鋭い金属音が鳴った。剣は衝撃で軌道が逸れ、私の横の虚空を切り上げた。


「誇れ。”皇帝の切り傷”だ」


 一回転して戻ってきた私は、その回転の勢いも利用して双剣を切り上げる。

 剣をかち上げられたみたいになって隙だらけの敵大将の首と胴に、双剣が深く突き刺さる。


 そのまま骨も鎧も関係なしっ、とばかりにまっすぐ切り裂いた。

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