第13話

「今日勝てば歴史に名を残すことでしょう。ひとえに、夜を徹して協力してくださった皆さんのおかげです。感謝します」


 私は深々と頭を下げる。


「そんな、オリアナ様に頭を下げていただかなくても……」

「そうですよ、自分たちの街を自分たちで守るのは当然です」


 大聖堂にいる人々は、口々に気遣いの言葉を述べてくれる。


「ありがとうございます。皆さんのご協力を無駄にはしません。共に喜び合いながら、夜明けを迎えましょう」


 私は再び頭を下げてから、大聖堂を出た。


 深夜の空は美しかった。満天に星が輝いていた。まるで、これから起こる一大事を見に来ているようだ。なんだか応援されているみたいで心強かった。

 私はマビリアとブラダマールと共に、騎乗して外門へ向かった。


 外門には、すでに馬にまたがった騎士が集まっていた。

 鎖鎧と鎧衣を身に纏い、剣を佩き、角笛を決して落とさないように腰にきつく縛った者が約300名。重傷で動けない者を除いた、この街にいる全ての騎士だ。


 皆怪我を負っている。当然だろう。ガウラの騎士は昨日と今日、クラレントの騎士にいたっては6日間激しい戦いを繰り広げてきたのだから。中には片目や片腕を失っている者もいる。


 けれども彼らの闘志は、怪我の多さに反比例するかのように燃え盛っている。まるで噴火直前の火山が、その身にマグマを秘めるように、彼らは静かに、けれども激しい闘志を瞳に燃やしていた。


 陛下とお兄様が騎士たちの前に現れる。今の私たちに、士気を鼓舞するための演説はいらない。ただただ、その時が来るのを静かに待つ。


 ふと風がやんだ時、陛下が手を上げた。


「放て」


 陛下の合図と共に、街壁の上にいた兵士が投石機を使って、巨大な石を放った。


 石は高く高く飛んだ。石が通り過ぎた後の空は黒く塗りつぶされた。


 いや、正確には、石に繋がれた巨大な布によって、だ。


 石には布が繋がれている。二つの石に繋がれており、石が投げられると、あたかも空を飛ぶ絨毯のように、宙へ広がった。横20メートル、縦30メートルほどの巨大な布だ。それにより夜空が遮られたのだ。


 使い終わった包帯、城のベルベッドのカーテン、街中の布をかき集めて、市民たちが夜を徹して縫い合わせてくれたものだ。布にはたっぷりと油が染み込ませてある。

 それが外門の左右から、一枚ずつ放たれた。


 折しも再び吹いた向かい風によって布は高く高く飛ぶ。やがて街壁の下に消えると、街を包囲していた敵軍から悲鳴が上がった。私たちの正面の空は、にわかに赤くなった。


 私には街壁に遮られて見えないけれど、ありありと想像できる。街壁を透かして見ているかのように鮮やかに幻視する。


 油の染みた巨大な布が2枚、外門の左右にいる敵兵に覆い被さる。すると布に敵の篝火が燃え移り、瞬く間に火の海となる。灼熱に身を焼かれ、敵は悶え苦しむ。

 外門の正面の敵は左右を炎に挟まれ、逃げ惑う。残りの街を包囲している敵兵は、助けに向かおうにも火に阻まれて向かえない。

 敵の本陣は勝ちを確信して装備を解き、酒を飲んでいる。突然火の手が上がったことによる混乱も相まって、すぐには態勢を整えられない。


 つまり今、この場所に、まともに戦える敵はいない。


「この機を逃すなッ!! 敵将の首をとれッ!!」


 陛下が剣を掲げると同時に門が開き、私たちは突撃する。


 門を出てまず目に飛び込んできたのは、踊り狂うかのように逃げ惑う敵と火の粉だった。次いで熱波がくる。左右に広がる炎は、地獄の炎のようだった。


 私たちは、炎の間、逃げ惑う敵の中を駆け抜ける。左右の炎は、満目に咲き誇る深紅の薔薇のようにも思えた。私たちの未来が祝われている気がした。馬に拍車をかけて、さらに加速する。


 敵は我先にと逃げ出す。逃げ遅れた者は、馬に轢かれ跳ねられ、中には炎の中に飛び込む者もいる。逃げ惑う敵など敵じゃない。一直線に突っ切る。


 包囲を突破すると、数百メートル先に敵の本陣が見える。間を遮る物は何もない。ただひたすら馬を駆けさせ、敵本陣へ迫る。


 その時右手側から駆けてくる騎馬の一団があった。パルメネス帝国の騎馬だ。油断していない敵兵もいたらしい。


 騎馬は我が身も省みずに、まっすぐ突撃してきた。体当たりをされて、騎士たちは落馬する。私も勢いよく投げ出され、地面を転がる。


「オリアナッ!」

「大丈夫ですッ! そのまま進んでください!」


 心配して振り向く陛下に、すぐさま立ち上がりながら返事をする。


「――ッああッ!」


 陛下は迷いを振り切るように前を向き、再び駆け出す。

 その後ろに数騎が続く。

 敵の突撃から逃れたのは先頭の数騎だけだった。残りは落馬するか、その後ろで足止めをくらっていた。


 でも心配はしていない。そのたったの数騎は、陛下やお兄様を筆頭に素晴らしい騎士たちだ。きっと敵将の首をとってくれるだろう。


「いかせんッ!」


 敵騎兵の先頭を駆けていた偉丈夫の男が、馬首を巡らし、陛下を追いかけようとする。


 私はすかさず剣を投げて足止めする。

 剣は背後から投げたにもかかわらず避けられてしまうが、頬に一筋の赤い線を作った。男が振り返る。


 今私がすべきことは、この場に少しでも敵を引き止めておくことだ。


「か弱い女の子から、背中を向けて逃げるのですか?」


 私は不敵に笑い、敵を挑発した。




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