第11話
「攻めたてろッ!」
籠城戦五日目。今日もまた、髭を生やしたパルメネス帝国の将軍が檄を飛ばす。
すると太鼓が打ち鳴らされ、天地が揺れる。悲鳴とも怒号ともつかない雄叫びを上げて、パルメネス兵がスパルトに襲いかかる。
南国風の軽装備に身を包んだ四万の兵がスパルトを囲み、矢を雨のように降らす。梯子や攻城櫓から街壁の上のクラレント兵に死も恐れず飛びかかる。龍の頭を象った攻城鎚を、街壁や門に何度もぶつける。
クラレント兵も負けてはいない。櫓には火矢を射かけ、梯子は外し、街壁に取り付く敵には石を落とし、煮えたぎる油を浴びせた。
だが多勢に無勢。パルメネスの兵士は次々に胸壁に飛び移りクラレント兵に襲いかかる。攻城鎚もまさしく龍のように執拗に襲いかかる。人も壁も悲鳴を上げる。
「退くな! 耐えろ! 命を懸けて守り抜け!」
クラレント公爵が鼓舞するが、むなしく門は砕け散る。
ダムが決壊したかのように、敵騎兵が押し寄せる。クラレント公爵は一歩も退かずに敢然と立ち向かうが、あえなくその津波に飲み込まれた。
◇
二日間、寝る間も惜しんで馬を駆けさせた私たちは、スパルトに着いた。息を切らしながら、スパルトの町とそれを囲むパルメネス軍を、丘の上から見渡す。
熾烈な戦いが繰り広げられていた。正面門は破られ、パルメネス兵が町中に押し寄せていた。
思わず声にならない哀切な悲鳴が漏れる。途端に体が重くなり、上下が分からなくなる。馬に乗れているのかどうかも分からなくなる。
「まだ間に合うッ!」
ジークフリート陛下の叱責するような鋭い声で我に返る。
冷静に見てみれば、たしかにまだ門は破られたばかりだ。それほど敵兵は町中に入り込んでいない。まだ取り返せる。
ガウラ帝国の騎士たちが諦めていないのに私が諦めるわけにはいかない。
「敵を貫けッ!!」
陛下が命令すると、騎士たちは雄叫びを上げて突撃する。私も、あと少しだけ頑張って、と滝のように汗を流す馬に手を触れて、駆け出させる。
ガウラの黒き国旗をはためかせながら急斜面を鹿のように駆け下り、疾風怒濤、荒野を駆ける。
二百の騎馬は陛下を先頭にして一本の槍のようになり、まだ気付いていないパルメネス軍の後背を突く。
迸る雷にパルメネス兵はなす術もなく跳ね飛ばされる。ガウラ帝国の黒い穂先が敵陣深く突き刺さった。
なおも止まらぬ騎士の濁流。ようやく気付いた最前の敵騎士が馬首を返し立ち塞がる。
「命知らずな奴らめ! 身の程を教――――」
上官らしき騎士の胴体は、槍の柄と共に、易々と陛下に切り捨てられた。
陛下は崩れ落ちる敵に見向きもせずに駆け続ける。他の騎士たちも同様。ガラオールもローランも、皆一様に敵を切り捨てて駆け抜ける。
勢いのある騎馬と止まっている騎馬、どちらが強いかは明白だ。
討ちもらした敵が私の前に現れ、槍を突いてくる。これを上体を捻って躱すと同時に、敵の首を切り裂く。血が泡となって溢れる。
私の背後で地面に落ちる音がするが一瞥もしない。生死を確認しない。する余裕もない。少しでももたつけば、たちまち周囲の敵に囲まれてしまう。一心不乱に前だけ見据えて駆け抜ける。
やがて敵陣を突破する。その勢いのままに正面門をくぐり、スパルトへ駆け入る。
「門を閉めろッ!!」
入った瞬間に陛下が指示を出す。顔も知らぬ男に命令されたクラレントの兵は最初困惑するが、すぐに門を閉めた方がいいことを理解して、門を閉める。
「ランスロットは中に入った残党を狩れ! ローランは南、リナルドは北の壁を守れ! オリアナはクラレント公爵に援軍に来たことを伝えてくれ!」
陛下は続けざまに指示を出す。
指示を出されたローランたちは、すぐさま騎士を連れて動き出す。私も髪を振って、お父様を探す。
「お父様お兄様はどこ!?」
近くにいたクラレント兵が驚く。
「オリアナ様!!? どうして!?」
「いいから!」
「は、はい、ベーオウ様は西を守っています! 公爵様は……」
兵士は言いよどみ、目を逸らす。彼の逸らした先に視線をやると、建物の軒下に一人の騎士が倒れていた。
血だまりができている。左腕の肘から先がない。胴にも大きな傷がある。三人の兵が手当てをしているが、すでにどれほどの血が流れているだろう。
三人の兵の隙間から見えた彼の髪は赤かった。
「お父様ッ!!」
すぐさま馬を飛び下り、駆け寄る。血だまりに膝をつく。
「オリアナか……なぜここに?」
お父様の顔は青白く生気がない。焦点も合っていない。
「助けにきたの」
お父様の残っている右手を握りしめる。少しでも安心できるように。少しでも元気になるように。私の体力が少しでも渡るように。
「馬鹿なことを……」
お父様は歪めていた眉間の皺を一層歪める。私はそんな顔をしてほしくて、ここまで来たわけじゃない。
「安心して。きちんと勝算もあるの。ジークフリート陛下が帝国の兵を率いて来てくださったの」
「……信頼できるのか?」
「ええ」
「そうか、なら後は陛下とベーオウに任せて、大聖堂に避難しなさい。お母様もいる」
「ええ、お父様も治療に専念してください。まだまだ領地を治めてもらわないと。お兄様では寡黙すぎて支障が出ますわ」
「そうだな、そうしよう。……イヴァンよ、皆に援軍が来たことを知らせてくれ」
兵に指示を出した後、お父様は治療できる場所へ運ばれていく。
それを見送った私は立ち上がり、目を拭う。
「戦うわよ」
静かに、けれど決して揺らぐことのない意志を伴って、呟く。
「はい」
「ええ」
マビリアとブラダマールも瞳に青炎の闘志を燃やした。
◇
私たちが敵を討つために街壁に上ると、ちょうどジークフリート陛下とガラオールがいた。
クラレントの兵士たちに彼らが味方であると知らせなきゃと思うと同時、陛下が胸壁の上に飛び乗った。そして漆黒の国旗を胸壁に突き刺すと、大音声で宣言した。
「クラレントの友よ!! 憎きパルメネスよ!! とくと見よ!! 我こそがガウラ帝国第十五代皇帝ジークフリート・イスカンダルだッ!!」
彼は双剣を抜き放ち、敵がうごめく街壁の外へ単身飛び降りた。
「嘘でしょッ!?」
正気じゃない。いくら強いって言ったって、10メートルの高さから飛び降りたら無事じゃすまない。ましてや敵の渦中!
バッと胸壁から身を乗り出して下を覗く。
陛下はピンピンとしていた。それどころか、片手にひとつずつ持った両手剣でもって、四方八方から押し寄せる敵をバターのように切りまくっていた。目を血走らせ高笑いしながら敵を切り裂いていた。
まるで怪物だ。悪鬼羅刹、修羅鬼神、魔王魔神、畏怖の名が無数に浮かぶ。彼はもう人じゃない。あまりの強さに私もクラレントの兵たちも皆、絶句する。
ふと、近くにいたガラオールがため息を吐く。
「いつもいつも無茶をなさる」
落ち込む態度とは裏腹に、ガラオールも陛下と同じように街壁から飛び降りる。落ちると同時に両手剣を振り下ろして、敵の脳天をかち割る。
「一国の主としての自覚はないのですか」
「もしもの時はお前が守ってくれるだろう?」
陛下とガラオールは背中合わせになり、敵を次々に切り裂いていく。どうやら訂正しなければならないようだ。彼らはもう人じゃない。
「ウォオオオオオオーーーーッッ!!!」
なかば放心していた私は、周囲の雄叫びで我に返る。どうやら陛下のあまりの強さに衝撃を受けて固まっていたクラレント兵が遅れて喝采を上げたようだ。
「よし! 私も!」
「無理に決まっているでしょ!」
煽られやすいマビリアが剣を持って飛び降りようとするのを全力で止める。
同じように飛び降りようとするクラレント兵をガウラ帝国の騎士が止める。
さすがにガウラ帝国の騎士は陛下の行動に慣れているようだ。ほっと胸を撫で下ろす。助けにきたのに、危うくクラレント軍が玉砕するところだった。
「蛮勇と勇気は違うわ。私たちは私たちにできることをするのよ」
「合点!」
私とマビリアは胸壁の低くなっている所から上半身を出して弓矢を構える。
「周りの敵は私が対処します」
ありがたい。ブラダマールが街壁に上ってきた敵を切ってくれるので、私とマビリアは矢を射ることに集中できる。
攻城櫓の兵、城に取りつく兵、遠くの弓兵、次々に射っていく。
ふと私の耳にマビリアの悲鳴が突き刺さった。
「危ない!」
マビリアに突き飛ばされる。
直後、さっきまで私がいたところを矢が通る。そして、そのまま壁に突き刺さる。
ゾッとした。マビリアが突き飛ばしてくれなかったら、頭を射貫かれていた。心臓が早鐘を打った。
「大丈夫ですか?」
「ええ、マビリアのおかげよ。ありがとう」
手をついて起き上がる。
それから矢が飛んできた方向から敵のいる場所にあたりをつける。角度からして、おそらく攻城櫓の上からだろう。
相手の姿を確認するため、胸壁の間から顔を覗かせる。
瞬間、矢が飛んでくる。
反射的に顔を引くことによって、なんとか躱す。
先ほどまでよりも激しく血管が脈打つ。
狙われているのだろうか。たくさん敵を射っていたから、狙われてもおかしくはない。
一瞬だが目が合った。鷹のように鋭い目だった。有無を言わさない静謐を纏っていた。
「私が代わりに討ちます」
マビリアが胸壁の間から弓矢を構える。
「ヒャウッ」
すんでのところで屈んで事なきを得る。
完全に警戒されているわね。どうしようか。違う場所から射ろうかしら。
そんなことを考えていると、横で矢を射っていた兵が、短い悲鳴を上げて倒れた。眉間を矢で貫かれている。
彼だけじゃない。次々に兵士が矢で倒されていく。皆頭を射貫かれている。
ダメだ。移動している時間なんかない。今すぐに倒さなきゃ。
勇気を出して立ち上がる。
胸壁の間から上半身を晒すと同時に弓を引く。ついで顔を右に傾ける。
直後、左頬と左耳を矢が抉り、後ろの壁に突き刺さる。
思った通りだ!
彼の矢は常に一撃で射貫いていた。すべて頭を射貫いていた。必ず頭に飛んでくると思っていたわ。
あなたの敗因は、その正確さよ!
避ける隙を与えない。傾けたまま矢を放つ。
放たれた矢はまっすぐ空気を切り裂き、弓兵の顔に深く突き刺さる。
男はそのまま矢の衝撃で後ろに倒れる。起き上がってこない。
「よしっ、倒したわ!」
「ありがとうございます! これで射って射って射まくれます!」
「ええ! 射って射って射まくるわよ!」
私とマビリアは射って射って射まくった。
私たちだけじゃない。クラレントの兵もガウラの騎士も。
皆が死に物狂いで戦った。
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