第8話
私は生まれつき顔の左側に
「きっと呪われているのよ」
大人からは軽蔑された。遠巻きに陰口を言われ続けた。
「ウワアアァアアァ~!!」
同年代の子どもには泣かれた。
そんな状況だったから私は人前に出るのが嫌になった。いつも俯いて歩き、物陰に隠れて過ごした。
しかし両親や二人の兄は、そんな私を叱った。
「顔を上げろ。皇族たるもの常に堂々としていろ」
「情けない奴だな。シャキッとしろよ」
毎日泣いた。
「皆ひどいよね。僕たちだって一生懸命生きてるのに」
私の味方は、生まれた時から一緒にいる乳兄弟のガラオールだけだった。
私が庭の隅で泣いていると、いつもガラオールがやって来てそばにいてくれた。よく一緒にリンゴを食べた。ガラオールがいるからまだ生きていると言ってよかった。
そんな折り、父上が言った。
「今度の外交にジークフリートも連れていく。いつまでも引っ込み思案ではいかんからな」
また新しい人に、ごみを見るような目で見られると思うと、腹がねじられるように痛んだ。
しかし私の意思とは無関係に、私はイストグリス王国へ連れていかれた。
パーティーの間中、庭の隅に隠れてやり過ごした。
すると突然声をかけられた。
「あなたもかくれんぼしているの?」
美しい金髪をたなびかせた少女だった。太陽に照らされて輝く彼女自身が太陽のように見えた。
「私オリアナ・クラレントっていうの。あなたは?」
「……ジークフリート。ただのジークフリート」
「? ジークフリートっていうのね。よろしくね!」
自分なんかが皇族を名乗るのは、なんだか恥ずかしくて言えなかった。
「何かいるの?」
突然横にしゃがまれたのに驚く。慌てて顔を逸らす。
「どうして顔を隠すの?」
「……傷があるから」
「どうして傷があると隠すの?」
「醜いから」
「傷はかっこいいものよ?」
「そんなわけないよ」
「あるわ。傷は英雄の証だもん。お母様はお父様の耳の傷をうっとりと見つめているんだから」
「それは戦ってできた傷でしょ? 僕のは生まれつきだから……」
「じゃあ神様があらかじめ付けてくれたんだね。いずれ英雄になるから」
そんなこと初めて言われた。
急に目の前が明るくなった気がした。自分の未来に無限の可能性があることを知った。
「ほら、かっこいい」
急に顔を両手で挟まれ、振り向かされた。目の前に、はにかむオリアナがいた。ドキドキした。
それは未来への希望か恋か。おそらく両方だろう。
唾を飲んでから口を開く。
「じゃあ、もし僕が立派な騎士になれたら、その時は……」
言葉は続かなかった。僕と結婚してくれる? という告白を飲み込んだ。
「なに?」
「なんでもない」
この時の私は、ただの情けない少年だった。想いを伝える資格がない気がした。いつか立派な騎士になれたなら、その時改めて伝えようと思った。
その時、人がやってきた。
「あ、オリアナ見つけた! なんで隠れてないの?」
「あ、殿下! すみません。お友達と話していたの。新しいお友達。ジークフリートっていうの」
「どこにいるの?」
「ここに……あれ?」
私は逃げるように立ち去っていた。誰かに見下される情けない自分をオリアナに見られたくなかったからだ。
しかしそれは私の心を挫きはしなかった。むしろオリアナの隣に堂々と立っていられる人間になろうという思いを強く抱かせた。
「あれ、なにか良いことあった?」
歩く先にいたガラオールがなにか言ってくるが、耳に入ってこない。
「ガラオール、今すぐ帰って剣の稽古をしよう」
「今から? 無理だよ。待ってよ。ジークフリート様! ジークフリート様!?」
構わずに歩き続ける。紅潮した顔を上げ、堂々と進む。
私は初めて、未来へと歩き始めたのだ。
国に戻ると、さっそく剣の稽古をした。
これまでは人の目を気にして逃げ出しがちだったが、もう気にしてる場合じゃない。ひたすら励んだ。
十日もすると、周りの目が変わり始めた。
両親も指導してくれる騎士も褒めてくれるようになった。二人の兄のいびりもトーンダウンした。
オリアナのおかげだと思った。今度会ったらお礼を言おう。
そんなことを考えていると、オリアナの噂を耳にした。家族で夕食の時だった。
「そういえば、イストグリスのこと聞いたか? 王太子が襲われたそうだ」
「聞きましたわ。クラレント公爵家のご令嬢が身を挺してお守りしたのでしょう? まだ幼いのにすごいわよね」
突然のことに理解が追いつかなかった。目の前が暗くなっていく気がした。
「まったくだ。おぬしらも見習うのだぞ」
「オ、オリアナは無事なのですかっ!?」
やっと母親の言葉を理解した私は、震える声で尋ねた。
「命に別状はないそうだが……」
父の言葉を聞いて、止めていた息を吐いた。全身の力が抜けた。
「ジークフリートは本当に変わったな。以前は自分から話すことなんてなかったじゃないか。なあ?」
「そうですね。もしかしてクラレント公爵令嬢に惚れているのですか? それならイストグリス王国から帰ってきてから変わったのも頷けますわ」
「そうだったのか。まあジークフリートも男だものな。しかし諦めろ。オリアナ嬢は王太子の婚約者だ」
安堵したのも束の間、すぐに次の衝撃がやってきた。
「大丈夫よ。きっと彼女より素敵な人に巡り会えますわ」
母親の言葉は入ってこなかった。
胸がきゅっと冷たくなる。初めて会った時には決まっていたのだろうか。それともあの時告白していれば違ったのだろうか。後悔が渦巻き、気分が暗くなる。
頭を振って考えを打ち消す。私に後悔する資格なんてない。告白しないことを選んだのは私自身だ。
それに悲しむのもお門違いだ。オリアナのおかげで私は変われたし、毎日が苦しくなくなった。祝福するのが筋というものだ。
だからこの気持ちは忘れなきゃ、と思った私は、雑念を払うように剣の稽古に打ち込んだ。
しかし、なかなか忘れられなかった。
だから戦場に行くことにした。北方戦線。ガウラ帝国が異民族と年がら年中戦っている国境線だ。この遠い地で毎日戦っていれば、否が応でも忘れられると思った。
さっそく願い出た。まだ十歳だったが、すんなりと許しをもらえた。すでに大人並みに強かったのが功を奏したのだろう。あと父が勇敢な人間を好きだったのもあると思う。
私はガラオールを連れて北方戦線へ向かった。そして切って切って切りまくった。
気づけば公爵に叙され、北方戦線の指揮官になっていた。ブラダマールをはじめ、多くの信頼できる仲間とも出会えた。
けれどオリアナへの想いは、いっこうに色褪せなかった。
そんな折り、父親が亡くなった。
二人の兄は玉座をめぐって争い始めた。母親からは止めてくれるようにと手紙がきた。
しかし断った。
この程度治められないなら皇帝の器ではないし、そもそも私は防衛のために国境線を離れられない。国内が混乱している時こそ守りに力を入れねばならない。
内乱は一年以上続いた。ついには国内の混乱に乗じて西方の隣国カルタニア王国が攻めてきた。
しかし兄たちはまとまらなかった。どちらが主導権を握るかで揉めて決別し、どちらが多く手柄を立てるかを競って別々に戦い、壊滅、敗走。次々に領土を切り取られていった。
「あのバカどもが……!」
無意識に罵倒を口から吐いていた。
兄二人を見限った私は、すぐさま馬に跨がり、拍車をかけた。
「ジークフリート様!? ジークフリート様!」
止めにくるガラオールを無視して城を発った。
向かったのは異民族の王が拠点としている砦だ。
単身乗り込み、王に決闘を挑んだ。
そして勝った私は異民族の王になった。
それから息つく間もなく、彼らと北方戦線の兵を率いて、カルタニア王国の首都に攻めいった。
ガウラ帝国を侵略していたカルタニア軍は慌てて戻ってくるが、動揺し、急な行軍による疲れもある彼らは敵ではなかった。たやすく撃滅した。
そしてカルタニア軍を併合した私は、その勢いのままにガウラ帝国に攻めいった。
母親からは兄の命を奪わないようにと嘆願があったが、これまた断った。ここにきて協力しだした兄二人の軍を圧倒し、二人を殺した。
こうして私はガウラ帝国の皇帝になった。母親は城を出ていった。
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