第6話
「はい、あーん」
「怪我しているとはいえ、ご主人様にお世話されるわけにはいきません」
私の差し出した肉の刺さったフォークは、ブラダマールににべもなく断られる。
狩りに出た日から数日経っていた。ブラダマールは腕と足に大きな傷があり、骨折もしていたので絶対安静となっていた。
一方私は擦り傷や打ち身はあったが比較的軽症だったので、お詫びもかねて、動けないブラダマールのお世話をしようと、朝食を食べるのを手伝おうとしたのだが、素っ気なく断られてしまった。
「気にすることないのよ、マビリアを見てみなさいよ」
隣のベッドに寝るマビリアにフォークを差し出すと、犬のように大きな口を開けて咥えた。
「美味しいですぅ!」
マビリアも体のあちこちに裂傷や打撲があり、絶対安静となっていた。包帯ぐるぐる巻きだ。でも大怪我を負ったとは思えないほど幸せそうな表情で食べている。
「ほら、ブラダマールも。あーん」
「……あーん」
再度差し出すと、ブラダマールは頬を少し染めながら、遠慮がちに食べた。とても可愛らしい。どんどん食べさせる。
やがて食事が終わると、私は二人の横に座り、読書を始めた。
そうしてしばらくすると、
「ずっとこちらにいらっしゃるのですか?」
ブラダマールに尋ねられた。
「嫌かしら?」
「いえ、そういうわけでは……」
「オリアナ様は分かってませんね。目上の人がいたら気が休まらないじゃないですか」
たしかにそうだわ。
「それに使用人は、主人の愚痴を言って仲を深めるものなのです。私とブラダマールの親睦の機会を奪わないでください」
「私の愚痴を言い合うの?」
「そうですよ。ねえ?」
「いえ、オリアナ様に不満などありません。あなたにはありますが」
ブラダマールに睨まれてマビリアはヒッ、と悲鳴を上げた。
私は小さい頃から一緒だから何も思わないけど、失礼か失礼じゃないかで言えば失礼だから、怒る人がいるのも当然だ。
「……オリアナ様、やっぱり、ここにいてもらっていいですか?」
「それじゃブラダマールが休まらないでしょう。外に出ておくわ」
「そんなぁ」
泣くマビリアを放って、外に出る。
「……えっと、オ、オリアナ様の、嫌なところは?」
「ですからないと言っているでしょう。それよりも問題はあなたです。オリアナ様が許してらっしゃるから黙認してましたけどね、限度ってものがあるでしょう。なんですかあの無礼な態度は」
ブラダマールがマビリアを責めるのが聞こえる。
マビリアにはお気の毒だけれど、ブラダマールの気晴らしのために我慢してもらいましょう。
そう思い、その場を離れた。
そして私は練兵場へやってきた。
護身のために武器の扱い方は一通り習ってきたけど、それだけじゃ足りない。もっと強くならなきゃ。
「どうした、何か用か?」
「あら、陛下もいらっしゃるのですね」
「何だ、私に用があるわけじゃないのか」
分かりやすく落ち込んだ。なんだか悪い気がしてくる。
「申し訳ありません」
「いや、すまん、気を遣わせた。それで何の用だ?」
「訓練に交ぜてもらおうかと思いまして」
「! そうか、なら私が付き合ってやろう!」
水を得た魚のように元気になる。
「わざわざ陛下のお手を煩わせるのは……」
「だが私ほどの適任はいないぞ? なんせ私は世界最強の騎士だからな」
すごい自信だわ。しかしそれが過信とは言いきれないのが彼のすごいところ。十歳から戦場で戦っていたとか、一日に千人切ったとか、一人で国を落としたとか、彼の武勲は枚挙にいとまがない。
世界最強の騎士と手合わせできることなんて今後ないかもしれない。
「お言葉に甘えさせてもらいます」
「よしきた!」
私たちは練兵場の一角で向かい合った。
周囲の兵士たちがチラチラと見てくる。皇帝とその婚約者が戦うことなんて、まずないだろうから気になるのだろう。
だが、それよりも私が気になるのは陛下の構え。右手一本で剣を握り、余裕の表情で構えている。
私なんて片手で十分ということかしら。舐められたものね。何度も騎士に勝ったことだってあるんだからっ!
不満を込めて剣を叩きつける。
しかし軽々と受け止められた。
「いい太刀筋だ」
余裕綽々の表情で言われてもまったく嬉しくない。
その余裕の笑み、剥いでやるわっ!
「ハアァッ!」
激しく攻めたてる。
しかし、
「なかなかやるなぁ」
すべてを受け止められ、弾かれ、いなされる。
「よ~し、次はこっちからいくぞぉ~」
反撃される。まるで彼女に海水をかけられてやり返す彼氏のようなテンションで、次々と剣を振ってきた。
一見ふざけたその攻撃は、しかし、重い。一撃一撃が、まともに食らえば死にかねない。
「待て待て~」
認識が甘かった。見くびっていたのは私のほうだった。世界最強の騎士。次元が違いすぎて、何も学べない。学ぶ余裕もない。
「ぐっ!」
受け止めた手が痺れる。まともに正面から受けちゃだめだ。横から、斜めから受けなきゃ。力に逆らわず、流さなきゃ。
四苦八苦しながら受け流し続ける。
ふと気付く。
めっちゃ学べてるわね!? 陛下の攻撃を必死に捌いている間に、勝手に受け流せるようになってるわ! と。
ならば……! と反撃する。逆袈裟に切り上げる。
「もっと速くてもよろしいのですよ?」
「ほぉ」
私が煽ると陛下は嬉しそうに獰猛な笑みを浮かべる。
「ならばお望み通り!」
陛下の攻撃の激しさが増す。速さも重さも一段と上がる。まるで雷のよう。
「くっ……!」
目で追うのも困難だ。直感だけを頼りにいなし続ける。
「やるなぁ! これを捌ける者は騎士の中にもなかなかいないぞ!」
私がいっぱいいっぱいなのに気付いていないのか、陛下は上機嫌で剣を振り回し続ける。
「これなら本気を出せそうだ!」
陛下の腕に血管が浮き出る。
「ちょっ、まっ――」
私が言い終わる前に剣が振られる。
全力の一振りは、やすやすと私の剣を弾き飛ばし、そのまま私の額を切り裂いた。鮮血が飛び散る。
「――ッ!! すまない!! 大丈夫か!? 誰か手当てを!!」
我に返った陛下は、焦燥の表情を浮かべながら私の側にしゃがみ、助けを呼んだ。
「すまない!」
私の自室で、陛下がもう何度目か分からない土下座をする。
別に命に別状はなかったのだから、そんなに気にしなくてもいいのに。頭に包帯を巻いてベッドに寝ているから大げさに見えるのかしら。念のため安静にしてくださいと言われたから寝ているだけなのだけれど。
「あの、皇帝陛下ともあろうお方が何度も頭を下げるのはどうかと思うのですが」
「いや、何度してもし足りん!」
けっして頭を上げない。
「大げさですわ。今さら傷が一つ二つ増えたところで、たいして変わらないのですし。それとも陛下は私の顔の傷を醜いとお思いですか?」
「いや、それはない。断じてない」
真剣な眼差し。心の底から思っているのが伝わってくる。
「でしたら……」
「しかし怪我を負わせたなら、傷跡のいかんに関わらず償うのが当然だろう」
それはそうね。
「なんでもする。欲しいものがあったら言ってくれ」
別に必要ないのだけれど。でも断っても引かないわよね。だったら、
「物じゃなくてもよろしいでしょうか?」
「もちろんだ」
「でしたら帝都を案内していただけますか?」
「……そんなことでいいのか?」
「はい」
城の中は見て回ったけど、外の地理も把握しとかなくちゃね。もしもの時に逃げるために。
「お手を煩わせてしまい申し訳ないですが、陛下がご一緒してくださるなら安全ですし」
「それは構わないが……」
「だめでしょうか?」
「いや、君がいいなら、それでいい。すぐに予定をあける」
「ありがとうございます」
こうして私は、陛下に帝都を案内していただけることになった。
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