おサボりは計画的に

うたた寝

第1話



 朝になり、セットしていたアラームが鳴る。アラームのセットは要らなかったかもしれない。鳴ったって起きないから。彼女はアラームを止めようとも、体を起こそうともしない。しばらくアラームだけが鳴り続ける。いつまでも鳴っているアラームに逆切れし、アラームはやがて止めたが、体はまだ起こさない。

 朝、起きれなくなってきていた。布団がその辺の男よりもよっぽど優しく温かく抱き締めてくれるので離れたくない。まぁ、男に抱き締められた経験など無いが。どうせ男など布団以下の生き物だ。一人暮らしを始め、布団と彼女を無情にも引き離す邪魔者も居ないからくっつき放題だ。愛してるよ、そう言わんばかりに布団を強く抱き締める。

 昨日遅くまでゲームをやっていて、何時に寝たのかも曖昧で、眠れたのかも定かではないから、フツーに眠い。こんなことなら寝ないでずっとゲームをしておくべきだったとさえ思う。中途半端に寝るから余計に眠いのである。

 起きれない体を無理やり起こすことも無いとゴロンと寝返りを打つが、急な尿意に襲われる。このまま布団の中で漏らそうかとも考えたが、この歳でお漏らし、というのはともかく、後始末が面倒だな、と彼女はトイレへ行くために泣く泣く布団を出る。朝尿意に負けて布団から出て、トイレに駆け込んで、スッキリする。そんな花の女子大生とは思えない風景が彼女の日常になってきていた。

 トイレに行った後、もう一回布団に入り込もうか大分悩んだが、もう一回入り込んだら布団から出る自信が無いな、と思い、布団の誘惑を振り切って彼女はキッチンへと向かう。尿意は治まったが今度は空腹が訴え始めた。冷蔵庫を開けて中身を物色する。

 ひと昔前の意識高い系女子大生であれば、朝起きて白湯でも飲むのかもしれないが、そんなものはもう古い。今時の意識高い系女子大生は朝起きて冷蔵庫を漁って缶ビールをかっくらう。これである。パンツ一丁で腰に手を当てて缶ビールを飲む姿は仕事で疲れ果てたOLの休日を彷彿とさせるが、今日は平日で彼女は女子大生である(成人済み)。

 缶ビール片手に彼女はデスクへと向かう。安眠を妨害してまでアラームをセットした理由である、一時限目の授業が始まるのである。学校行かないの? と思うかもしれないが、もう学校に行って授業を受けるなんて古いのである。体育や実験などのように、一部大学の設備や機材が必要となるものは学校まで行かなければいけないが、逆に言うと、それ以外のただの講義のような授業はネット配信してくれるのが今の主流となっている。そこまでするならアーカイブに残して、見たら出席扱いにしてほしいとも思う。

 元々は家が遠い人用に考案されたシステムらしいが、もちろん、家が近い人だって使用して構わない。『え~、友達に会えないの寂しいじゃん、ぷくぅ~』とか言って、遠方から遥々通いに来る奴も居るみたいだがバカなのかな? と思う。どうせ大学時代に作った友人など社会人になればどんどん疎遠になっていくぞ。

 パソコンを立ち上げる前に上にTシャツだけ着る。これは稀に起こるパソコンのカメラによる事故防止である。動画配信中、パソコンのカメラを通してこちらの様子も向こうは確認できる。気を付けては居るが、うっかりカメラONで起動しようものなら彼女の上半身が講義を受けている全員に配信されることとなる。まぁ、見られて困る体でもないという自負はあるが、ヌード配信の予定は無いので上だけは着ておく。下はそのままでいい。カメラに映らない部分だから。

 授業が始まって出席を取ってしまえば、彼女の仕事はもう終わったようなものだ。しかし、学校側も姑息な手段を考えていたりする。学校側もサボる生徒が出るなど百も承知。そのため、ネット配信中のどこかに流れるパスワードを入力しないと出席が取れない仕組みになっている。どのタイミングでパスワードが出てくるか分からないから、ネット配信を最後までちゃんと見てね、ということである。テレビの放送中にキーワードを発表して、それを集めて応募をするようなやつと仕組みは似ている。

 が、甘い。学生側も学校が何か対策してくることなど百も承知。ネット配信の内容は録画できるのである。録画ボタンだけ押して、後は放置でどうとでもなる。彼女は技術的に諦めたが、その辺りの仕組みを利用し、中には動画から自動でパスワードを収集し、自動で出席してくれるツールを自作した者も居るようである。学生は勉強への努力は惜しむが、サボるための努力は惜しまないということらしい。

 画面録画のボタンを押し、録画できていることが確認できればもうデスクに用は無い。後で倍速で見返して、期限内にパスワードを打ち込むだけだ。中にはカメラONにしろ、という人も居るし、逐一こちらのステータスが「不在」になっていないか(一定時間パソコンを操作しないとステータスが「不在」になる)確認してくる面倒な人も居るが、この授業はそういう先生ではないので特に問題無い。時間までゲームをすることにする。

 ちなみに、前者ならマイクをOFFにしてカメラをちょっと高めに設定して手元を隠し、カメラの先にゲームの画面を置いて目線のズレが気にならないようにする、後者ならBluetoothのキーボードを手元に置いて適当にポチポチしながらゲームをする、などで回避できる。

 ……え? 何しに大学に行っているのって? それは言わないお約束である。強いて言えば、いかに効率良く生きていくかを実践で学んでいるのではないだろうか? 授業はサボってもテストで点は取っているから単位も落としていない。社会に出てからもいかに効率良くサボって給与を貰えるかが大事であろう。サボりがバレない程度に実績も出す、これが大事である。

 サボっている、と言うと顔も知らない正義マンがすぐ色々突っかかってきたりするが、やかましい、と彼女は一蹴することにしている。少なくとも、言ってくる正義マンには迷惑掛けていないのだから、文句を言われる筋合いなど無い。迷惑を掛けられている人が文句を言ってくるなら聞くが、彼女は他人に迷惑を掛けるようなサボり方はしていない。

 例えば、中には真面目に出席している人に代理の出席を押し付けて自分はサボる、なんて輩も居るらしいが、彼女はそういうことはしない。頼む人が居ないだけだろう? という指摘は中々勘がいいが、居たとしても真面目に出席している者に対して不真面目なお願いなどしはしない。不真面目は自分の中だけでちゃんと処理するのである。真面目な人を不真面目に巻き込んではいけない。

 あるいは、サボりまくって単位を落とす、という人も居るみたいだが、前述の通り、彼女は単位を落としていないし、何なら成績は上位陣の仲間入りを果たしている。地頭がいいから授業受けなくても平気とのたまいたいところではあるが、授業を聞いてなかった分、ちゃんと自主的に勉強しているのである。じゃあ最初から授業を受けろよ、と思うかもしれないが、それはそれ。これはこれ。サボりたいものはサボりたいのである。逆に言うと、授業を受けなくても点取れるじゃん、ということが証明され、授業を受けなくなったまである。

 そういう決まりだから仕方ない、と言われてしまえばそれまでだが、出席日数という仕組みに納得がいっていない。サボりを正当化するつもりは無いが、授業に出ているってそんなに偉いだろうか? テストで点取っていればいいじゃん、という気がする。仮に講義内容を全て理解している人が居た場合、わざわざ短くもない講義を受ける意味がどこにあるというのか。テストも授業の理解度を確認するものであるハズ。であれば、テストで授業内容が理解できていることが確認できれば、出席率の低さは問題にならない気がする。

 陰謀論を提唱するわけではないが、出席を強要する理由って、ちゃんと授業に出席する真面目な生徒を学校で育成し、社会に出た時真面目を利用してコキ使おうとしているようにさえ思う。実際、真面目な人ほど仕事で病むと聞く。真面目ゆえにブラック企業とかでも真面目に働いてしまうのだろう。

 真面目なことが悪いとは思わないし、不真面目よりも遥かに良いとは思うが、真面目になるべき場所かどうかは考えないと色々損をするような気はする。そこに授業をサボってゲームをするが含まれるかは意見が分かれるところだろう。

 サボりを肯定するつもりも推奨するつもりも無いので、真似する人は自己責任でお願いするが、一度も何かをサボったことが無い人は、一回何かをサボってみればいいと思う。学校でも仕事でも習い事でも仕事でも何でもいいが、やってみて罪悪感でいっぱいになるようであれば、多分根っからの真面目でサボりに向いていないのだろうから止めた方がいい。逆にサボりを楽しめたという人はウェルカム。こちらの世界へようこそ。同士として歓迎しよう。

 会社の有休なんかもこんな感じなんだと思うが、みんなが真面目に(かどうかは定かではないが)授業を受けている中、ゲームに興じれるというのは、いいだろう~というちょっとした優越感さえ覚える。実際、この平日のこの時間にログイン者が多いことからも、みんなサボることの優越感が止められないのだろう。

 え? ちゃんと休みを取っているんじゃないかって? いや、それは微妙だろう。例えばこのログインしているアカウント名の人、しょっちゅう見るし。サボってないとしたらゲームが生きる世界となっている人か、もしくは流行りの早期リタイアの人だろう。

 にしても、本当によく見るな、このアカウント名。あまりに見るものだから覚えてしまった。自分のことは全力で棚に上げるが、授業をサボりまくっている自分と同じ頻度でログインしているって大丈夫なのだろうか? 同じ大学生だろうか? 流石に社会人ということはないだろう。多分。……いや、リモートワークならワンチャンか?

 思い返してみると、ログイン時間がいつも彼女と大体同じな気がする。生活リズムが一緒、ということだろうか? ……ひょっとして同じ大学の人だったりして? いやいやそんなまさかとは思いつつも、ちょっと気になったので彼女はパソコン画面へと戻る。

 ちゃんと授業を受けたことが無いから知らなかったが、授業はパワーポイントの資料を基に行われるらしい。黒板やホワイトボードにリアルタイムで文字を書いていく教師も居るが、この教師は既に用意されている資料を読み上げていくような形式らしい。

 講義の画面とは別に教師の顔と生徒たちの顔が映っている。生徒側のカメラはON必須ではないハズだが、わざわざカメラONにした状態で堂々と寝ている強者も居る。大した奴である。名前を憶えておこう。

 まぁ、サボってたとしてカメラOFFじゃ分かんないよなぁ~、と思ったところ、一人の名前が気になった。何かちょっと見覚えがあるような気がするのである。件のアカウント名と一緒というわけではないが、何か引っかかるような……。

 パソコンのメモ帳を開いて、ゲームのアカウント名とその人の名前を書き出してみる。腕を組んで考えること数秒、これ、並び変えたら一緒になるアナグラムじゃね? ということに気付いた。もちろん、これだけでは偶然という可能性もあるので、画面に写っている相手の顔をじっと見てみる。

 普通、教師が一人の生徒の画面をそんなにじっと見つめることはない。だからこそ、カメラの先でゲームをしていたとしても、目線がカメラに来ているからそれほど怪しまれない。だが、じっと見られると目線の動きが明らかに不自然なので、違うものを見ている、ということには気付けたりする。ましてや彼女もサボる側の人間。その時の目の動きがどうなるか、ということくらいよく分かる。

 彼女はふっと微笑んでゲームへと戻る。


 どうやら、サボりたいのは生徒だけではないようだった。

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