#16

役人たちが幼木に近づいた。

ライマーの指示のもと、彼らは幼木の根元を丁寧に掘り返した。


「根を傷つけぬように……。またこの場所へ戻すのだからな」


慎重にプランターへ移し替えた。


こうして『死人の木』は広場から姿を消した。


観衆から喚声がわきあがった。若き領主にむけて、鳴りやまぬ拍手。


エルンストは領民に一度だけ手を振ると、あとは意に介する様子もなく、杖を内ポケットにしまった。


「すっごい……」


驚きすぎてポカンとしているさと子の目の前を、『死人の木』の幼木が庁舎の中に運び込まれていった。




エルンストは少しの間、ライマーと立ち話をしていた。


やがて、さと子とミアのもとに近づいてくると、


「後はまかせたぞ、ミア」


「かしこまりました」


エルンストはさっさと馬車に乗り込んだ。

馬車は来たときと同じように、硬い音を響かせて、広場を去って行った。




がらんとした『追憶の庭』。

『死人の木』がなくなったおかげで、ずいぶんと見通しがよくなった。


「……あれってお屋敷なのでは?」


広場からまっすぐ伸びた通りの彼方に、高台がそびえている。高台を覆う木々のすき間から、城壁と、屋根の一部がのぞいていることに、さと子は気がついた。


ふと、さと子は思った。


(どうしてわざわざ馬車や荷車を使うのかしら?)


魔法の絨毯なら、屋敷からここまで一直線なのに。まぁ、箱馬車のほうが、領主っぽくはあるけど……。


頭をひねるさと子をよそに、腕まくりするミア。


「始めるわよ、サトコ」


「え?」


「暗くなる前に終わらせなくっちゃ。さぁ急いで」


そう、仕事はこれからなのだ。

開催日は明日。ここ『追憶の庭』が会場となる。今日中に会場の準備をすべて整えなければならない。


「図面を用意してあるから、それを見ながら段取りを説明するわ」


「は、はい!」


役人たちはみな、庁舎に引っ込んでしまった。ミアとさと子の二人だけで、面倒な設営作業が始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る