#15

すべての人と物とが広場から撤去された。


追い出された街の人々は、立ち去るわけでもなく、そのまま広場の周囲にとどまっている。

興味津々、今から起こることを期待に満ちた様子で見守っている。


エルンストは広場の中心に進み出た。


ライマーが従う。


配下の役人が二人、後につづく。

一人は大きなシャベルをかついでいる。別の一人は円形のプランターを抱えていた。


エルンストは『死人の木』を真正面に見上げた。


「少し剪定したほうがよさそうだ」


「は、はぁ。ですが……」


「冗談だ」


エルンストの右手が内ポケットにすべりこむ。

取り出されたもの──。

杖だ。


いつも執務机の杖置きに飾ってある、黒檀のような色味を帯びた魔法の杖。


エルンストは息を吐くと、杖を眉間の前方へかかげた。


さと子は広場のすみで、主人の所作をじっと見つめている。


「魔法だ。エルンスト様の……。どんな魔法かしら?」


「サトコ」


ミアは黙って口元に人差し指を立てた。


杖はエルンストの正面で半回転し、そして右下方に流れた。


「王剣は真理の力にして不磨の法なり。我が位をあかし、意を顕かにし、威を示さん」


さと子には主人の詠唱の、はっきりとした内容までは聴き取れなかった。


杖は反転し、一振り、二振り。


ふたたび正面──『死人の木』を指し示した。


梢からいっせいに鳥たちが飛び立った。風もないのに、葉っぱがザワザワと揺れている。


次の瞬間、もっと大きな異変が起こった。


『死人の木』の枝が、異様なほどに揺れはじめた。ねじくれた太い幹が、水を流し込んだホースのようにうねっている。


そして、縮みはじめる。


「──オォ……」


いっせいに驚嘆の声が上がった。野次馬はいつの間にか島じゅうから集まっていた。観衆の目はエルンストの魔法にくぎ付けだった。


植物が成長してゆくのとは逆に、だんだんと小さくなってゆく。木が若返ってゆくのだ。

さと子はまるで、逆再生させた映像を見ている気分だった。


大木は、みるみる縮んで成木となり、成木はさらに縮んで若木に、若木はやがて幼木となった。


そして、幼木が小さな双葉にかえろうとする寸前、エルンストが杖の構えを解いた。


魔法が止まる。

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