#10

「ふわーっ……!」


城壁の上から見わたす雄大な景色に、さと子は息をのんだ。


眼下に、古き良きラウネンフルトの街を一望する。そしてその向こうに、空よりも青々とした湖が、鏡のように山並みを映している。


「きれい……」


すっかり心を奪われてしまった。

しかし、ふと、城壁から真下をのぞいて身ぶるいした。城壁の下は、切り立った崖になっている。


お屋敷は高台の上にあって、ここはその高台の端っこなのだった。


「いいお天気ね」


ミアは鉄鍋を足元に下ろした。

鉄鍋の中には袋がひとつ入っている。それと、火かき棒が一本。そして、出店証も……。


出店証は全部で八十二枚あった。一枚一枚に当選者の住所と名前、そして、が記入されている。


「風で飛ばないように、気をつけて」


とミアは言ったが、こんなところで何をするつもりなのか、さと子には分からない。


例のごとく、ミアはペンダントをはずした。右手の指にからめて、鉄鍋の上にかざす。


「……王剣のもとに命ず。翼もて。いまこそ縁ある者のもとへ旅立て」


出店証が風船のようにふくらんだ。


「えっ?」


フワフワした羽毛につつまれる。

これは魔法なんだと分かっていても、さと子はやっぱり驚いた。


チュン、チュン──さえずりが聞こえてきた。

灰色で、地味で、キョロキョロした小さな頭の上に、カンムリ羽が一本だけ生えている。

出店証は小鳥に変身した。


パタパタと羽ばたいて、小鳥はさと子の頭の上にとび乗った。


「ひゃっ! ど、ど、どうなってるの? どうしようっ? どうしたらっ!?」


「かまわないから、ここから放りだしてちょうだい」


「え……」


ミアは袋の紐をといた。中身は麦の粒だった。


彼女は手のひらの上で、小鳥に麦粒をついばみさせた。それから両手で包み込むように小鳥を持つと、


「それっ!」


いきおいよく城壁から放りだした。


小鳥は一瞬浮き上がり、あとは打ちそこなったテニスボールみたいに落下した。

やがて、本人も落ちていることに気がついたらしい。あわてて羽ばたき始めた。


なんとか宙にとどまって、そのままラウネンフルトの空へむけて、不器用に飛んでいった。


「ぼんやりしてちゃだめよ、サトコ。どんどんして!」


「…………」


出店証がみずから当選者の手元に飛んでゆく──そういう発送方法だった。


次から次へと、ポップコーンが膨らむみたいに、鍋の中が小鳥だらけになってゆく。

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